Roar 11
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「アマラ、森へ行って何か採ってきてくれないか」
不精髭を生やした男が斧を片手にして言う。隆々とした筋肉がとても美しい。彼は、アマラの夫となった男だ。
「わかったわ」
金髪の女性、アマラが元気よく返事をした。
雪崩のあったあの日。狼を駆逐しようとしていたあの日。彼女たちは村へと帰還し、雪山で起こったことを村人全員に話して聞かせた。黒い狼が私たちを救ってくれた、と。
その狼の言葉を皆に伝えたアマラは、村の人間たちから深い謝罪を受けた。それからというもの、狼を駆逐しようなどという提案は一切起こらなかった。それどころか、極力自然のもので生活をしていこうという方針に変更され、狩りを行うことはごく稀となった。
その後、彼女は大人になり、数年後には結婚をした。今では子供を二人授かり、絵に描いたような幸せな生活を営んでいる。
あの日から今まで、彼女はローのことを考えなかった日はなかった。彼のことが心配で心配でならなかった。あの雪崩で生きているとは考えられないが、だからと言って死んだと決まったわけではなかった。アマラはローが生きていると信じていた。
「準備はこれくらいでいいかな」
アマラはあの時に携えていた袋を腰にぶらさげた。彼女が家から出て行こうとすると、家の隣に建てられている小屋で、兄のカマラが木彫りに精をだしていた。
「兄さん、それは?」
「ん? ああ。あの時の狼をモチーフにした木彫りの像でも彫ろうかと思ってな。今さらではあるが、追悼の意味も込めてな」
カマラが柄にもなく申し訳なさそうな顔をしている。しかし、そんなことは気にも留めずにアマラが言った。
「きっとローは生きているわ。だから追悼じゃなくて、他の意味に変えておいてね。それに、兄さんはローのことを何も知らないのね。ナイフを貸してみて」
アマラはナイフを手に取ると、木彫りの狼の背に小さな円形を掘り出した。一部だけ、異様な雰囲気を醸し出している。
「ん? これは何だ。えらく不格好だが」
「ローはね、背中のここが禿げているのよ」
アマラは小悪魔のような微笑を一つして、行ってきます、と家を出て行った。兄や夫の前では明るく振る舞っているが、彼女の心のうちにはいつも黒い雲が浮かんでいた。もしかすると、ローは死んでしまったのではないか、と。
彼女は森へと繰り出し、雪の上を進んだ。大樹からさらさらと雪が舞い散っている。あの時も、似たような光景だった。
時折、地に落ちた枝を踏むとパキンと音がする。その音が、妙に悲しみを誘う。あの時、森に行った記憶が今でも鮮明に彼女の頭の中に刻みこまれている。
「えぇっと、何があるかな」
アマラはきょろきょろと白と緑で構成された世界を眺めた。
すると、目にも鮮やかなキノコが生えていた。一度は食してみたいと思うような、すばらしい見た目だ。
「あ、あれは食べられそう」
アマラはキノコを手に取り、眺めてみた。キノコの芳醇な香りが彼女を包む。
「あ、これは確か毒キノコだったっけ。食べると体が痺れるんだって、ローが教えてくれたんだよね……」
熱い涙が彼女の頬を伝う。
アマラは長い金髪をかきあげ、その場にしゃがみ、自分の両手に顔を埋めた。涙が井戸水のようにとめどなく溢れ出す。
――パキン!
アマラの背後から、枝の折れる音がした。人の気配ではない。猛獣かその類の動物か。彼女の体は、自然と硬直した。
彼女は涙を拭い、恐る恐る振り返るとそこには……。
そこには真っ黒な、二匹の子供の狼たちが真ん丸な瞳でこちらを見つめていた。
彼女の黒く濁っていた心の空は、青く澄み渡った。
そして、アマラはまた涙を流した。あの時の夜空に輝く星のような涙を彼女はいつまでも流し続けた。
黒い咆哮はこれにて完結です。
いかがでしたでしょうか? お見苦しい点が多くあったかと思いますが、最後までお読みいただいて、本当にありがとうございました。
余談になりますが、この作品は人種差別をテーマにして書いています。どの色の狼がどの人種にあたるのか、読んだ内容を思い出してみると面白いかもしれません。
それでは、一ヶ月と少しという短い期間でしたが、お付き合いありがとうございました。
読者の方と、創作活動を愛するすべての人に感謝と敬意をこめて。
また、次回作でお会いしましょう。
お疲れさまでした。




