Roar 1
この作品は、作者『要徹』が小説の創作活動初期に書いたものです。初期の作品である為、表現、構成などが稚拙でありますが、当時の私の作風を尊重し、誤字、脱字以外のチェックを行っておりません。以上のことをご了承の上、お読みください。
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あの狼は、いつも孤独だった。
ここは、酷寒の地。
雄大な銀世界が一面に広がる北の国。
険しい山々が連なる土地。
山麓の村まで降りて行けば、狩猟を主な業とする民族が住んでいる。彼らは真っ黒な服に身を包み、狩りを行う。攻撃的で、野蛮な民族だ。
そして、険しい山々には、数十匹の狼の群れが住んでいる。
彼らは、その土地に住む数少ない獲物を食し生き延びている。もちろん、ここまで狩りに来る人間たちも例外ではない。いわば、彼らは人間たちと敵対関係にある、と言っても過言ではない。食うか食われるか、そんな世界である。
いつも生死の淵に立たされている彼らにとって、人間という存在は忌み嫌うべきものだった。人間という強大な存在のせいで、土地を追われ、獲物を奪われ、常に気の抜けない、緊張した生活を営まなければならないのだから。
しかし、そんな彼らでも愛を育む。いや、いつ殺されても、死んでもおかしくないのだから、当然のことなのかもしれない。いくら生きても、死ねばただの肉の塊にすぎない。子孫を残さねば、己の生きた証を残すことは出来ない。
そして今、愛の結晶が生まれ落ちた。
この愛の結晶は、ただの結晶ではない。それは、群れの長である狼、アルファのものだ。アルファは普通の狼とは、一味も二味も違っている。
通常、リーダー格となる狼は攻撃性に乏しいのだが、アルファは違った。自ら積極的に獲物を仕留めるのだ。その残虐さのすさまじい事。狩りをするアルファの姿は、さながら鬼の様である。見る者を震え上がらせる、恐怖の存在だ。しかしそれとは裏腹に、群れの中では非常に友好的で、温厚な存在であった。鬼とはまったく逆の存在である、仏の顔をも持ち合わせているのだ。
アルファの卓越したところは、なにも性質だけではない。
アルファの率いる群れの狼は、彼一匹を除いて毛色が仄暗い灰色なのに対して、アルファの毛色は真っ白なのである。天候が晴れならば白銀の世界と擬態して、姿を確認することすらままならなくなるほどに。アルファは、容姿、性質共に群れの長と称するに相応しい、雄々しき狼なのだ。当然、それを良く思わない嫉妬深い狼も存在するが、一部を除いた狼たちは、彼に快く従っていた。
そんなアルファの寵愛を受けた狼の出産だ。誰がそれを喜ばないでいられようか。だが、全ての命が祝福されて生まれてくるわけではなかった。彼女の生み出した狼は全部で三匹。
二匹は、アルファにそっくりで、毛色も眩いばかりの白銀色。将来群れを率いる、群れを守るリーダーとなるのであろう子供。もう一匹は、あの忌み嫌う人間の色をした、目を疑わんばかりの真っ黒な毛色をした子供だった。
群れの狼たちは驚愕の渦に包まれた。いや、最も驚いたのはアルファとその妻のはずだ。まさか、真っ白な毛色の親と仄暗い灰色の毛色から真っ黒な毛色の子が生まれるとは微塵も思っていなかっただろうから。
群れの狼たちは、それを穢れた子と呼び蔑んだ。いや、影でそう呼んでいた、という方が正しいだろう。それが、普通の狼の種から生まれたのであれば大っぴらに言っていただろうが、なにしろ群れの長の子なのだ。そんなことをアルファの前で口走る者は皆無と言っても良い。
だが、口では言わなくても態度にはあらわれる。人間の世界でもよく見られる光景だ。気に食わない、もしくは異質な人に対しては無視したり、冷たい態度で接したりする。
アルファも馬鹿ではない。群れの狼たちのあからさまなその態度に気付いてはいた。だが、毛色が黒いという理由だけで我が子を群れから追い出すことなんて出来るはずがない。父親は外面では我が子をよく思っていない風な素振りを見せ続けた。それとは反対に、母親は他の子よりも黒い子供に愛情を注いだ。親心というものは寛大で素晴らしいものなのだ。
黒い子供は、表面化し始める自分への批判も、母親のおかげで耐えることが出来ていた。しかしその親心も、黒い子供の拠り所すらも砕かれる時がきてしまった。
それは、彼らが生まれてから一年後のある日のこと。母親の狼が三匹の子供たちと狩りに出かけた時のことである。途中、子供たちは散り散りになり、母親ともはぐれてしまった。
しばらくの後、三匹のうちの一匹、真っ黒な子供が母親を発見した。だが、発見した母親はただの肉の塊と化していた。真っ黒な子供が呆然としているところに、他の二匹が駆け付けた。
母親は三匹がはぐれていた時に、何者かに殺されてしまったのだ。
白銀の雪が朱に染まり、それは酷い有様で殺されていた。もし、これが人間によって殺されたものならば、死体を放置したりはしないだろう。毛皮は寒さを防ぐ服になるし、肉や内臓は自分たちの腹に入れる。殺して、そのまま放置するなんて考えられない。
ということは、群れの狼の誰か。三匹の子供たちの誰か。もしくは、まったく別の生物に殺されたのか。しかし、群れの狼たちは、真っ黒な子にすべての罪を擦り付けた。その地に住む、別の生物に殺されたという可能性も十分にあるのにも関わらずに。
確たる証拠はない。ただ、その場に居合わせたというだけのことだ。真の理由は彼が人間と同じ、黒色をしているからであろう。
この事件を境に、真っ黒な子への非難は表面化した。アルファですら止められないほどに問題が肥大化してしまったのだ。このままでは群れの統制が乱れてしまうと判断したアルファは、真っ黒な子供を群れから追放する決意をした。
そして、彼は孤独となった。
吹き荒ぶ無情な風が彼に追い打ちをかける。
どれだけ震えても、どれだけ遠吠えをしても、彼の声は誰にも届かない。いつも彼には黒い影だけが付きまとっていた。何度離れろ、と命じてもそれが離れることはない。それは、いつまでも、いつまでも彼に付きまとう。
影が消え去る日はいつなのか。
彼が死する日か。
それとも――。




