隣の屋敷から飛んできた紙飛行機には「助けて」と書かれていた。学校に来なくなった幼馴染を救ったら、継母は全部失いました
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
深夜、隣の屋敷から何かが割れる音がした。
窓から庭を見る。
月明かりの中に、一人の少女が立っていた。
細い体。長袖のパジャマ。
六月なのに。
その顔を見た瞬間、僕は息を止めた。
——陽香だった。
一年前まで、彼女はよく二階の窓辺に座っていた。
「悠真、見て!ツバメの巣だよ!」
隣の屋敷の軒下に作られたツバメの巣を、二人で眺めるのが春の楽しみだった。
陽香はよく笑う子だった。
でも、その春。
彼女の父親が再婚してから、すべてが変わった。
陽香は学校に来なくなった。
窓辺にも姿を見せなくなった。
隣の屋敷は、まるで息を殺したように静かになった。
久しぶりに家へ戻った日、僕は隣の家を訪ねた。
インターホンを押す。
出てきたのは陽香の継母だった。
口元は笑っている。
でも、目は冷たい。
「陽香? 体調が悪いの。誰とも会わせられないわ」
そのときだった。
階段の影から、陽香がこちらを見ていた。
頬に、薄いあざがあった。
「悠真くん」
かすれた声だった。
「大丈夫だから」
嘘だとすぐわかった。
その直後、奥から父親の声が聞こえた。
「誰だ?」
「近所の子よ」
父親は面倒くさそうに言った。
「また来たのか」
そして、はっきりと聞こえた。
「あいつはすぐ嘘をつくんだ。相手にするな」
胸の奥が冷たくなった。
それから毎晩、僕は窓辺に座った。
隣の屋敷を見ていた。
夜になると聞こえる。
怒鳴り声。
何かが倒れる音。
一度、はっきり聞こえた。
「ご飯……ください」
陽香の声だった。
継母の声が続いた。
「うるさいわね。昼に食べたでしょ」
でも、その日の昼。
僕は庭で彼女を見ていた。
空腹でふらついていた。
雨の降る朝だった。
庭に白いものが落ちているのが見えた。
紙飛行機だった。
拾い上げる。
濡れた紙をそっと開く。
そこには歪んだ文字が書かれていた。
「助けて」
胸が強く打った。
僕は走った。
学校へ。
カウンセラーの先生に話した。
担任にも話した。
紙飛行機も見せた。
最初は半信半疑だった大人たちも、陽香が一年以上学校に来ていないことを知り、顔色を変えた。
数日後。
隣の屋敷の前に車が止まった。
児童相談所だった。
警察も来ていた。
僕は窓から見ていた。
玄関で継母が怒鳴っていた。
「虐待なんてしてません!」
「この子が嘘をついてるんです!」
父親も叫んだ。
「そうだ! うちの娘は問題児なんだ!」
でも調査はすぐに終わった。
陽香の体にはいくつもの痣。
部屋には鍵。
食事は一日一回。
すべてが明らかになった。
継母はその場で警察に連れていかれた。
父親は顔面蒼白で立ち尽くしていた。
近所の人たちが外でざわめいていた。
玄関から陽香が出てきた。
小さな鞄を一つ持っていた。
体はまだ細かった。
でも、顔色は前よりよかった。
彼女はふと立ち止まり、こちらを見上げた。
僕の家の窓を。
そして。
ほんの少しだけ笑った。
その後、父親の会社にも話は広がった。
虐待を知っていながら放置していたことが問題になった。
父親は会社を辞めることになった。
家も売りに出された。
隣の屋敷は、しばらくして空き家になった。
数週間後。
寮に一通の手紙が届いた。
差出人は陽香だった。
便箋の端に、小さなツバメの絵が描かれていた。
手紙にはこう書かれていた。
「悠真、ありがとう」
「今は新しいところで暮らしてる、まだ少し怖いけどでも大丈夫」
そして最後の一行。
「今度は紙飛行機じゃなくて手紙を書けたよ」
僕は思わず笑った。
窓の外を見る。
遠くの空で、ツバメが弧を描いて飛んでいた。
机の上の紙を一枚取る。
そして、久しぶりに紙飛行機を折った。
窓を開ける。
空へ投げる。
紙飛行機はくるりと弧を描き、春の風に乗った。
ツバメの飛ぶ空へ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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