[第十四話]海に憧れる花
あれからしばらくして、俺は週4日勤務のアルバイトが決まった。給料は安いが、フルリモート勤務、休みも取りやすい。
正社員や高い給料にこだわっていた時期もあったが、まるおといる時間が確保できることも考えるとこれで良かったのかもしれない、と思っている。
今日は、まるおが前々から見に行きたいと言っていた「海」にレンタカーで向かっている。
俺の家から海までは車で一時間ほど。
ドライブは半年に一回、両親の墓参りでくらいだ。ペーパーというほどでもないが、運転はそこまで得意ではない。
「おい、まるお、あまり窓から外をじろじろと眺めるな。人に見られたらまずいだろ」
車に乗るのが初めてなまるおは、不思議そうに窓の外から景色をずーーと眺めている。
「すごい!すごい!景色が走ってる!!」
「走ってるのは景色じゃなくて、俺たちなんだよなぁ...」
「うわあぁぁぁなんかボタン押したら風がすごいよおおおお楽しいねえぇぇ」
「おいおい、何してんだ!窓閉じろ!」
少し目を離した先に、車の窓を開けて風に煽られながら笑っているまるおがいた。
俺は慌てて窓を閉じた。
まったく...また強風で花びらが飛んだらどうするつもりなんだよこいつ...
今日は俺が事前に天気予報をチェックしていて、風も穏やかで落ち着いていることはすでに調べているが...
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「ほら、到着したぞ」
俺はまるおをかばんに入れて、車の扉を開けた。
まるおはかばんから少しだけ顔を出している。その視線は海に釘付けだ。
ここは駅からも離れている上に、人が不法投棄したゴミが砂浜にちらほらと落ちている。外部の人がわざわざ観光に来るほど整備されていない上に、お店や観光施設もない。
そのため、こんな朝早くなら、人はほとんどいない。
俺は大きなあくびをして、海を眺めた。
まあ、砂浜は汚いし、海だって特段綺麗というわけではないが、久々に見る朝日に照らされている海も、悪くないな。
「ほら、見るだけ見たら帰るぞ」
俺はあくびをしながら、かばんに向かって声をかけた。
「わーい!!早速泳ぐぞー!!」
かばんから飛び出したまるおが駆け足で海へと向かう。
「おい!海には入るなって言っただろ!!」
「大丈夫、少し近づくだけだから!」
まるおが海辺に近づくと、波が押し寄てきた。
「ばか!!!」
俺は慌てて走り、まるおを掴んで海辺から離した。
「海水はお前ら植物にとって危険な塩分を含んでるから、近づくのも危ないって昨日ちゃんと教えただろ!!」
「ご、ごめんたけ...でもね、海がね、急に近づいてきたんだよー!」
「だから海は波打ってるし、、、それに満ち潮とか引き潮あって動作が完璧に読めるわけじゃないから、あまり近寄るなって言っただろ」
「うう...ごめんなさい...だって近くで見てみたかったんだもん...でも、もう近づきません...」
まるおは反省しているのか、茎を猫背のように丸くして下を向きながら砂浜をトボトボと歩いている。
「うわぁあ!!!」
まるおは叫びながら、砂場に落ちている瓶のゴミに躓いて転んでしまった。
「お、おい!まるお大丈夫か!?」
慌てて駆け寄ってまるおの体を確認したが、とくに折れているところや傷ついている部分は無さそうだ。
「えーーーん!!なんでこんなビンが砂浜に落ちてるのーーーー!!!」
「ま、まあ落ち着けよまるお。そうだ、砂浜で貝殻を探したいって言ってたよな。あっちの方ならゴミも少なそうだから、あっちで一緒に綺麗な貝殻を探そうぜ」
「わーい!!やったーー!!お宝探しだよー!!」
さっきまで落ち込んでいたのが嘘のようで、まるおはウキウキとステップを踏みながら砂浜を歩いている。
しかし、その瞬間、上空から素早いスピードで何かが落ちてくる。
鳥だ。
鳥がまるおに向かって猛スピードで近づいてきている。
「ぎゃー!!!!」
俺はまるおを鳥からの襲撃から守ろうとし、とっさにまるおに覆い被さった。
しっしっと追い払うと、鳥は上空へ帰っていった。
「あー...あれは完全にまるおを捕食対象だと考えて行動してるな」
「もうやだーーー帰るーーー!!!!」
上空を舞っている鳥は、甲高い鳴き声を出したながらこちらを見ている。
その鳴き声と同じくらいのボリュームのまるおの悲痛な叫びが、海全体に響き渡った。
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家に帰って、風呂桶に水を溜め、百均で購入した小さな浮き輪を浮かばせる。
その浮き輪を使って、ぷかぷかと浮かんでは楽しそうに笑っているまるおがいる。
「わーい!!まるで小さな海だね!!楽しいなー!!」
あのあと、すぐに家に帰ったが、まるおが、海が思っていたものと違うと言ってひどく落ち込んでいたため、簡易的なプールを作って遊ばせたら、すっかり元気になった。
「これで喜ぶんなら、わざわざレンタカーで朝早く海に行った意味はなかったなぁ...」
その日以降、まるおが海に行きたがることはなくなったが、今度は大きなプールで泳ぎたいと言い出すことになった...




