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ジントニックとチョコ

作者: Amber
掲載日:2026/01/11

マフラーを巻き直して空を見上げると

チャコールグレーの重たい雲が、いつもより近くに覆いかぶさってきた。

「はぁーーっ」

手袋をしてない両手の指先に、あったかい息を吐きながら

今が冬だったことを思い出す。


1月の3連休の昼下がり。

人混みでごった返す街中を歩きながら、家路へと足を進めた。


昨夜、トウヤの昇進祝いで訪れたレストランの前を通ると、昨日の会話が蘇る。


「実は、ベトナムへの赴任の話があるんだ」


トウヤの態度が、いつもより緊張気味だと思っていたのは、少しお高めのお店のせいではなかったらしい。


「そ、、、っか。」

ワインを持つ手が少し止まったが、それも3秒ほど。

驚きはしたものの、泣いて取り乱すには、31才という年齢と、付き合ってから7年という月日は長過ぎた。

「良かったじゃない。支店を任されるってことでしょ?

これから忙しくなるね!」

気がつくと、いつしか仕事で身についていた営業スマイルで、そう返していた。


「ああ。2月は引き継ぎで、現地へも何度か行かないと。」

目を逸らしながらトウヤはそう言った。


「一緒に行かないか?」って、言わなかったな。

歩きながら心の中で呟く。

付き合いだして7年。

お互い、仕事でも認められ始めて、それぞれの予定を優先するようになってきてた。


いつからだろう?

胸がときめくことが無くなったのは。


来月のバレンタインに向けて、ピンクで飾られたショーウィンドウのディスプレイを横目で見ながら、

「チョコかぁ」と口に出していた。


付き合い始めの頃は、バレンタインが近づくにつれ、時間があればSNSで可愛いチョコのお店を見つめていた。

すれ違う女子高生たちが、楽しそうに笑い合ってる姿に、数年前の自分を重ねてしまう。


結婚。


したくないわけじゃない。

でも、

お互い仕事が忙しく、毎日が目まぐるしく過ぎていく中で、2人ともそのワードを避けるようになっていた。


いつからだろう?

「好き」って言わなくなったのは。

平日の「おはよう」「おやすみ」

週末、2人で行きたいところのInstagramの URL

LINEには、そんなやり取りが続いている。


業務連絡かな?

ふっ

と自嘲気味に笑ってしまう。


付き合う前から、トウヤは私の意見を尊重してくれる優しい人だった。

穏やかで、夜中、何時間でも愚痴に付き合ってくれる。

通話しながら、気づけばトウヤが寝てしまっていたことなんて何度あったか。

翌朝には、必ずめっちゃ謝ってくる。

こちらが申し訳なるほど、ホントいい人。

さみしくなるなぁ。


家に着く頃には週明けの会議のことを考えていた。


自分でも驚くほど、あっさりしている。

7年も付き合うと、こんなもんなのかな?

自分の中で、トウヤから仕事へと、

優先順位がシフトしていたことに気づいて

それでも、深く考えないようにした。


2月に入り、バレンタインのカウントダウンが始まる頃の夜

家のインターホンが鳴った。


モニターには、寒そうなトウヤが立っていた。


「どうしたの?珍しい」

ドアを開けながら、トウヤを見る目はきっと丸くなってたと思う。

普段、会うのは週末のみ。

こんな平日の夜にお互いの家を訪れることなんて、無くなっていた。

「明日から3日間、現地へ行くんだ。」

「わざわざ、それを言いに来た、、、」


言い終わる前に、抱きしめられていた。

ふわっとトウヤの香水と体臭が混ざった、いつもの香りがする。

いつからだろう?

この香りが、ドキドキから、安心へと変わっていたのは。

トウヤの背中に手を回しながら、そんなことを考える。

腕の中でも、一歩離れたところから自分を分析していることに気づいて、申し訳なくなった。


「ついてこいよ」


低い声で囁かれる聞き慣れた声が、今は少し遠くに感じる。


体を離して、見つめてくるトウヤの目が、少し怖くて目を逸らす。

「今は無理だよ。」

俯きながら、そう言うのが精一杯だった。

「そうだよな。

ごめん。

遅くに。」


「お土産買ってくるよ」

そう言い残してトウヤは帰って行った。


閉まるドアの音を、俯いたままで聞いていた。


こんなはずじゃなかった。

どこで間違えたのかな。

お互い好きなのは変わらないのに。

長過ぎたんだ。きっと。


そう思って、自分の心を守ることにして

部屋へ戻る。

スマホからLINEの着信音

『急に行ったりしてごめんな。

気にしないで。

カズハの仕事の邪魔をするつもりはないんだ。』


最後まで、気を使ってくれるのね。


最後?

なのかな。


行かない。と選択した時点で、

いや、レストランで微笑み返した時から

ううん。もっと前から?

終わりを感じてたんだって気づく。

このまま、終わるんだろうな。と、心のどこかで思っていた。


こんなに、冷めてたの?

そのことにショックを受けながら、自分が冷たい人間に思えてくる。

違う。

長過ぎたんだよ。


翌朝、

「おはよう」の後に

「今日12:00の便で出るね」

とだけ入っていた。

「おはよう

気をつけて行ってらっしゃい」

とだけ返して、すぐに画面を閉じる。

考えないようにして、午前中の会議に頭の中を切り替えた。


会議が終わり、コーヒーを淹れに給湯室へ行くと、後輩から声をかけられた。

「先輩、このチョコ食べてみてくださいよ!

バレンタイン、どれにしようか試食してるんです」

うきうきが溢れ出してる様子を、微笑ましく思いながら

差し出されたチョコのカケラを、1つ口の中に入れる。

鼻に抜ける爽やかな香りと、広がるライムの香り

「これ、知ってる」


ジントニックが好きなトウヤに

最初にあげたチョコ

「アルコール入ってないのに、ジントニックなんだって」

「へー!

ん?うーん・・・うん、あーたしかにね」

「何?もっと感動しないのー?」

一口食べたトウヤの反応に、少し落胆したのを思い出した。


頬をふくらます私に、笑顔でトウヤは言った

「カズハと一緒に居られるのが嬉しくて

そっちに感動してるからかな」

優しく頭をなでるその手の感触まで

ライムの香りと共に、ぶわっと思い出されるシーン。


いつも私の意見を優先してくれてたトウヤ

昨日、急に訪れたトウヤ

一緒に居るだけで嬉しくてたまらなかった

ずっと一緒に居るんだって疑わなかった日々


急に鼻の奥で蓋をしていた感情が湧き上がってきた

「先輩!?」

気がつくと走り出していた

バッグと上着を掴んで

「気分悪いので早退します!」

叫んで飛び出していた


自分でも、信じられない

でも、今逢わないとダメな気がする

空港までのタクシーの中で、手を握りしめていた

間に合って!!

逢えたとして、なんて言うのかわからなかった


それでも、逢わないと!


空港に着いて、電光掲示板を見上げていると

「カズハ?」

少し離れたところから名前を呼ばれた。

振り返ると、目を丸くしたトウヤ。

「え?どうした?」

きっと、昨日の私はこんな感じだったんだろう

と胸の端っこで思いながら

トウヤに向かって走っていた。

思い切り抱き締める。

人前で、なんて

普段絶対しない自分なのに。


昨日の夜とは全く違う感情で強く抱き締める手に力を入れる。


抱きしめ返してくれる腕に、

トウヤの自分への想いを感じる安心感と

逢えた嬉しさと

そして、切ない苦しさが溢れてくる。


「一緒に居ないとダメでしょ?」


やっと出せた言葉は、10代のコが言いそうなセリフだった。


フッと笑う声が耳元で聞こえる

「ずっと一緒だよ」


「すぐに帰ってくるから。

2人でまた、これからのことを話そう」

そう言って搭乗ゲートへと消えたトウヤ。


2人の関係が長過ぎたんじゃない。

自分で作り上げてしまった「大人の自分」を

演じてただけだった。

感情をむき出しにすることが、恥ずかしいと

思ってしまっていた。


小さくなる飛行機を見送りながら、帰ってくる日が2月14日だったと思い出す。


今年はあのチョコにしよう。

口の中に、微かにまだライムの香りがした。

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