9.
「ねぇ、スノウ」
不意に名前を呼ばれて、私は小さく肩をすくめた。呼ばれ慣れていないその偽名が、今では皮膚に貼り付いたタグのように感じられる。
「このモールではね、誰もが何かしら役割を持ってるんだよ」
レンは、まるで子どもにルールを教えるような声音で言った。その笑みは柔らかく、穏やかで――それでいて、息苦しいほどの圧を孕んでいた。
「働かない人は、いらない。ここはそういう場所だから」
レンはソファの縁に腰を下ろし、足を組みながら私を見上げる。その視線は、おもちゃを選別する子どものような無邪気さを湛えていた。
「でも、スノウは外に出るのは向いてないし、誰かと話すのも、きっと苦手だよね?」
レンは、勝手なスノウ像を作り上げているようだった。なぜなら、疑問系をとっているものの、自分の意思が、あたかも私の意思であるかのように押し付けているからだ。この問いに、私の意思は一切汲まれていない
笑顔で、しかも親切そうに語ることで、選択肢を与えるフリをして、実際には選択肢そのものを潰してる。
言いながら、レンの指先がふわりと宙をなぞる。
また、触れない距離から、私を撫でる真似をする。
「だから……スノウには、僕の身の回りのことをお願いしようと思って。掃除とか、水の補充とか、着替えとか。ご飯を並べたり、薬の整理も」
優しく語られるそれらの言葉は、どれも当たり障りのない内容だった。けれどその実、僕のそばにいろ。僕以外の誰とも関わるなという無言の強制が潜んでいた。
「ねぇ、いいでしょ? 僕の役に立てるよ、スノウは」
断れる空気ではなかった。そして、タクミのことを考えれば、選択肢など初めから存在しない。私は、ただ小さくうなずいた。
レンの笑みが、わずかに深くなる。
それは満足と支配の証。
「よかった。スノウがここにいてくれるだけで、僕はちょっと楽しいから」
何が“楽しい”のか、それは語られない。けれど、私にはそれが――ただの快楽ではないことだけは、はっきりとわかった。
「じゃあ、これで君の居場所ができたね。うん、いいね。ようこそ、“僕の世界”へ」
優しく告げられたその言葉に、胸がじわりと痛んだ。
そこには歓迎も祝福もない。ただ一方的な宣告だけが残った。
私は、レンの世界に組み込まれた。
それはまるで、檻の内側に新たに貼られた札のように。
レンが腕広げてるよ
僕の世界へ