5.
扉を開けた瞬間、空気が変わった。湿気を帯びた静けさ。
鉄と電子の臭い。そして、どこかに潜んでいるような、ひどく冷たい視線。
ゲームセンターだったはずのその空間は、奇妙な改装が施されていた。布で覆われた天井、ライトは色調を落とされ、ほの暗く仄白い。壊れた筐体が無造作に積まれている一方で、奥のスペースは整然としていた――まるで、そこだけが彼の棲家だと言わんばかりに。
「……入って」
聞き慣れない静かな声が、部屋の奥から聞こえた。その声だけで、私は背筋に粟立つ感覚を覚えた。高くも低くもない。けれど、耳の奥にじわりと残るような、不気味な静けさを孕んでいた。
ゆっくりと歩を進めると、ソファに腰を掛ける男の姿が見えた。照明が斜めから差し込み、表情は陰に隠れている。彼は、ソファの背にもたれたまま、片手で軽くジェスチャーした。それは「そこに立って」という、命令にも似た指示だった。
沈黙が落ちる。
空調の音さえ聞こえない。
そして、レンは言った。
「服、脱いで」
その言葉は、あまりにも自然に、静かに落ちてきた。彼にとって、それは歯を磨け、というのと同じくらいの当たり前だった。
「……何の、ために」
私は声を震わせないように、精一杯言葉を選んだ。
「確認。君が何なのか。あと……素直に従えるかどうかも、見ておきたいんだ」
私は息をのんだ。彼はただ私を見つめている。笑っていない。怒ってもいない。ただ、興味と所有の眼差しだけが、静かに、確実に私を押し潰してくる。
「断ったら?」
「……いいね、拒否も選べるんだよ、ここでは」
レンは少しだけ笑った。だがその笑みは、心からのものではなかった。
「でも、それは保護されない側になるってこと」
レンは脚を組み替えた。まるでつまらないゲームの選択肢を眺めるように。
「あの子どもも、ね。君がここで約束を守らないなら、僕も、約束を守る必要はなくなる」
その瞬間、私の中で、怒りでも恐怖でもない感情が走った。――屈辱。けれど、それ以上に、あの子の安全を失うわけにはいかなかった。私は震える指先で、フードを外し、手袋を外し、ゆっくりと上着のジッパーに指をかけた。
沈黙。
レンは、身じろぎひとつしないまま、それを見ていた。
「君って、やっぱり……おもしろいね」
ぽつりと、そんな言葉が落ちた。私は、ただ黙っていた。見せることではなく、従うことを試されている――それがわかっていたから。これは服を脱ぐという行為ではない。
私の意思が、この檻の主に――値踏みされている。
私は一線を越えた。そして、その瞬間から、私の身体だけでなく、生き方までもが“所有物”に変わっていく予感がした。