47.
白い照明が落ちた通路。崩れた天井からは冷たい空気が流れ込み、非常灯だけが薄紅色の灯を落としていた。
その中で、彼は、ただ、立っていた。
ナシフ・アル=メム。
乱れた白衣。いつも整えられていたはずの髪が濡れたように額に張りついている。その瞳は、以前とは違っていた。
どこか――濁っていた。
「……見つけましたよ、我が聖母」
ナシフの視線の先には、私。そして彼女を庇うように立つ、レンとタクミ。
「……どいて、ナシフ」
レンが低く言った。けれどナシフは笑う。それも、いつもの静謐な微笑みではない。ひどく、歪んだ笑みだった。
「この五日間、どれほど美しかったか…貴女が眠る姿、呼吸の微細なリズム、体温の揺らぎ…全て、全てが尊かった。汚したくないと思っていた。触れられないことに、陶酔すらしていた…」
ナシフは、ゆっくりと歩み寄る。
「……なのに」
足元に転がる、R-13の残骸。
「私が創った彼が、貴女に触れた。その肌に、手を這わせた。貴女の領域に――侵入した」
レンが前に出る。その金眼が殺意を宿すが、ナシフは怯まない。むしろ、哀れむような瞳で彼を見下ろす。
「君に、何ができるのだね?君の存在こそが、彼女をこの地獄に引き込んだのだ。彼女を救ったなどと、言わせない」
そして――ナシフの手が、そっと胸元に触れる。それは、自己注射式の調整剤。
「これは最終調整用。貴女に触れないために自らに課していた理性の抑制。……けれどもう、私は敗北した。ならば――」
カチリ。
ボタンが押され、薬剤が体内へと注入された。
直後、ナシフの身体が小刻みに震える。目の色が、変わった。知性の宿るブラウンから、黒に溶ける金へ。
「やめて……ナシフ……!」
私は小さく叫んだ。でもそれすらも、ナシフの耳には届かない。
「君は…君だけは……!」
ナシフが突進した。レンが迎撃しようとする。だが――
「タクミ、伏せろ!!」
戦慄の対峙。私は、信じられなかった。あの、あんなに無感情だった男が――今、自分に、欲の眼差しを向けている。かつての不可侵は崩れ去り、今、彼の中にあるのは、ただひとつの本能。
「奪われるなら…いっそ、僕が汚したい……!」
その言葉に、レンの瞳が光を失った。
「…ふざけるな」
ナシフ(薬物注入後)




