42.
白の部隊が去った後、焼け焦げた床に崩れ落ちていたレンは、ただ無言で虚空を見つめていた。
サラがいない。
声も、温もりも、あの細い指も――もう、どこにもいない。その事実が、心臓よりも先に、魂を切り裂いていた。地面に伏せたまま動けない身体。全身に走った電撃の痺れは未だに残り、指先ひとつ動かすのさえ苦痛だった。けれどそのとき――
「……あれ?」
ふと、レンは自分の身体に異変を感じた。
灼けるような痛みが、じわじわと薄れていく。冷たかった指先が、体の奥から燃えるような熱に包まれ始める。心臓が、まるで新しく息を吹き返したように――ドクン、と脈打った。
「……熱い……?」
額に流れ落ちる汗。掌に宿る微細な震えは、恐怖ではなく――再生の兆し。全身を覆っていた限界が、今まさに壊されようとしていた。
「僕の中に、まだ…力がある……?」
そう呟いた瞬間――
レンの背筋が、ビクリと跳ねる。どこかで、小さな嗚咽が聞こえた。振り返れば、タクミがいた。ボロボロの上着。瓦礫の隙間に蹲った、小さな背中。
「……っ、かあ……さん……」
その声は、まるで心臓を抉るようだった。母が、いない。タクミもそれを理解したのだ。ぐしゃぐしゃの顔で、唇を噛み、必死に涙を堪えようとして――でも堪えられなかった。
「母さん!!」
その小さな身体が、震えながら拳を地面に叩きつけた瞬間。タクミの全身にも、熱が走った。
「……!」
微かな光が、彼の肌の下で瞬いた。白くなりかけていた肌が、生気を帯びたように染まり、傷口が――ゆっくりと、でも確かに――閉じ始めていく。
「……あれ……? 僕……」
タクミの瞳が、光を宿した。母譲りの強い意思を灯した、金色の光。彼の身体も、また――再生を始めていた。
「……タクミ」
レンは、立ち上がった。これまでよりも遥かに軽い、恐ろしいほど力の漲った肉体。その視界に、はっきりと少年の涙が映る。
「君の身体は、もう大丈夫だよ。たぶんもう血も吐かないと思う。君の母さんは……きっと、僕たちのところに帰ってくる」
その言葉が、慰めでないことを示すように、レンの眼差しには殺意に近いほどの決意が宿っていた。
超再生を果たした直後。タクミの体に残っていた擦り傷や内出血は、いつのまにか跡形もなく消えていた。金色の瞳が、すべてを理解したようにまっすぐに立ち上がる。それを見つめながら、レンは一瞬、言い淀んだ。
「……タクミ、君は――」
言いかけたその先に、僅かに視線を逸らす。焼けた瓦礫の向こうに立っていたのは、シュウジだった。彼もまた、限界ギリギリの体で敵と戦い抜き、今なお血を流しながら、タクミを見つめていた。
レンは、決意したように言葉を吐いた。
「タクミ、君は一度、ここを離れた方がいい。シュウジに預ける。今はそれが最善だ」
その瞬間、タクミの表情が、まるで別人のように険しくなった。
「……は?」
「君はまだ子どもだ。ここから先は――」
「やだ。僕も行く。母さんを取り戻すんだ」
声には、震えも迷いもなかった。子どもが叫ぶような感情の爆発ではない。ただ一人の人間として、選び取った意思声だった。
「僕も守りたかった。僕だって、母さんを守れるって信じてた。でも奪われた。僕のせいで……僕が、弱かったから……っ」
拳を握る。唇を噛み締め、涙を堪える。
「母さんは、レンに僕を託していった。僕を逃がして、自分だけ……!」
その背中は、あまりにも小さい。けれどその目は、まるであの時のサラと同じだった。――誰かのために、立ち上がろうとする目。
「僕を子ども扱いするなら……レンだって、何も変わってないじゃないか。母さんを一人にした後悔のまま、止まってるんだ!」
レンの目が、見開かれた。
タクミは、彼の最も深いところにある傷に、真正面から手を伸ばしてきた。
「タクミ…」
その名前を呼んだとき、ようやくレンは、タクミがただの子どもではないことを理解した。いや――きっと、最初から知っていたのだ。ただ、怖かったのだ。タクミまでも傷つけてしまうのが。タクミまでも奪われるのが。でも今、タクミは自分で選んだ。母を奪われた者として――レンと並び立つことを選んだ。
「……わかった」
静かに、レンはタクミに手を差し出した。
「一緒に、取り戻そう。君の母さんを。……僕の、全てを」
タクミは、真っ直ぐその手を掴んだ。
「うん。行こう」
二人の手が、固く結ばれた瞬間。再び熱が走った。痛みではない。確かな力と、絆の覚醒。
その背後で、シュウジが何も言わずに頷いた。その目は、かつて兵士として何度も戦地を超えた男のそれ。けれど今の彼には、心からの敬意が宿っていた。
――少年と、怪物が、手を取り合った。
――母を救うために。奪われたものを、奪い返すために。
そして今、新たな戦いの幕が上がろうとしていた。




