表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/50

39.

私の身体が、強引に引き寄せられた。無言のまま背中に回された両腕は、妙に優しかった。痛みはない。むしろその抱擁は、温もりを知っている誰かが、大切なものを包むようにそっと閉じる腕だった。


「やめて…」


呻くような声が喉から漏れる。けれど、その声さえ空気に吸い込まれて消えていく。目の前にいるそれは――あまりにもレンに似すぎていた。


髪型も、目元も、声も。皮膚の温度も、息のかかり方すらも。ただ、違っていたのは色。彼の皮膚と髪は、まるで私のように白化していた。


鏡のようだった。レンに似た姿を纏いながら、私と同じような欠損と痕跡を抱えた存在。


「やだ…違う……」


その腕をほどこうとしても、力が入らない。ホルモン調整による力の低下――ナシフの仕込みだった。


R-13は、私の耳元にそっと口を近づける。


「君が欲しい」


その囁きが、あまりにも自然に優しくて――私の心が、恐怖と錯覚の狭間で揺らいだ。


「ダメ…それは、あなたじゃない……!」


声は震えていた。けれど、体が覚えていた。かつてレンと、何度も重ねた体の温度。腰に回された手。肩を抱き寄せる角度。耳の後ろをなぞるような、指の動き。それは再現された記憶ではなく――記憶をなぞって侵食する快楽だった。


R-13の手が、私の首筋を撫でる。薄く息を吹きかけるように、唇が肌に触れた。


「ヒッ……や、やめ……ッ……!」


頭では拒絶している。でも体が、本物と同じ反応をしてしまう自分に、涙が滲んだ。体が震えたのは恐怖のせい?それとも、あの人の温度を思い出したから?


ーーこんなの、レンにしか許せないのに。


その瞬間、はっきりと気づいた。


「レンにしか、こんなこと……ッ」


震える喉から漏れた声が、涙とともにこぼれる。自分の中にずっとあった「好き」という気持ち。でもそれを認めることは、この終末世界では、あまりにも危険すぎた。


でも――


目の前の偽物によって、体を支配されかけたその瞬間に、本物への想いがはじめて、輪郭を持ったのだ。


「――私は、レンのことが、好き」


呟いた声が震えていたのは、その想いに気づくには、あまりにも遅すぎたという痛みのせいだった。


R-13は、反応しない。ただプログラムに従い、キスの真似をしようと、顔を傾けてくる。その唇が触れる直前――


「――来ないで!!!」


私は、残っていた力のすべてを込めて突き飛ばした。R-13の身体が少しよろめく。でも、それだけ。彼はすぐにまた私を抱き締め直した。まるで、どれだけ拒絶されても求め続けるレンのように。


でも――それも偽物だった。


それは執着ではない。感情の欠落した、ただの再現だった。思わず顔を背けた瞬間、R-13の手が私の腰を掴んだ。逃げ道を塞ぐように。それは、交配の初期動作が、プログラム通りに始まったことを意味していた。


私は必死に顔を背けていた。涙は止まらなかった。本物じゃない――そう何度も心の中で叫んでいるのに、その抱擁も、その息遣いも、あの人に似すぎていて。


「お願い……もうやめて……」


ふと、R-13の動きが止まった。


その目が、真正面から私を見つめた。金色の瞳――けれど、あの鋭い光ではない。空洞の中に、なにか小さな揺らぎが生まれたような気がした。


「……泣かないで」


それは、誰の命令でもない。誰のデータにも存在しない。プログラムに存在しない言葉だった。


私の身体がびくりと跳ねた。


「え……?」


「君が泣くのは……ダメ。わからないけど……やだ」


呟く声は不自然だった。発音も、文法も、どこか幼い。でも、確かにそこには――自我が、芽生えかけていた。


「……君の涙、熱い。……僕の中に、何かが動く。どうして……こんなにも、欲しいと思うんだろう……君の全部が」


R-13は、私の涙に触れた指を見つめていた。その目が、揺れていた。まるで、何かを思い出そうとしているかのように。 


「君に触れるたび……何かが、叫んでる。僕じゃない僕が……君を求めてる」


私は、目を見開いた。


それは――レンの中にある狂気の執着。奪うようにしてでも、繋がっていたいという暴力的なまでの愛情。それが、R-13という器に、遺伝子として刻まれていたのだ。


「お願い、やめて……あなたは、彼じゃない……」


「……でも……僕は……君に触れたい、もっと、深く、強く……」


 


その瞬間、観測室の警報が鳴った。


「模倣体R-13において、予定外の言語出力および感情波を検出」


「予想外の神経活性パターン。海馬領域に一時的自己認識兆候――確認」


ナシフの眉がピクリと動いた。


「まさか……この段階で自我が? 冗談だろう……」




けれど、その予兆は止まらない。R-13は、私の肩に額を押し当て、震える声で呟いた。


「僕の中の何かが…… 君に言ってる……名前を……教えて、って」


私は涙を溜めた目で、見つめ返した。その彼は――レンではない。でも、たしかに今、私を誰かとして見ていた。そして気づいてしまった。その視線が、あの人と同じ求める目だということに。


「……違う……あなたは、私のレンじゃない……!」


「……でも、“僕”は……君を、欲しいと思った……」 


その言葉とともに、再びR-13の手が、私の頬に添えられた。けれどそれは、さっきまでの無感情な交配動作ではなく――私の意思を確かめるかのような、ためらいのある動作だった。





「……レン、たすけて」


私が小さく呟いた声は、全てを押し殺していた。


それでも、その声が。

確かに、どこかで――本物に届こうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ