30.
銃声が途切れ、焼けた鉄と血の匂いだけが残された。遠くで、崩れかけたガラスがパラパラと落ちる音がする。
……戦いが、終わった。
レンは私を抱いたまま床に座り込み、黙って私の傷口に手を当てていた。自分の再生能力を押しつけるようにして。自分の胸を見下ろすと、血がこびりついているのに、傷は、もう、ない。
「レン、もう大丈夫だから」
「まだダメ、もう少し......」
「レン」
私の、少し掠れた声に、やっとレンは顔を上げた。私の体は、異常とも言える回復力だった。もう痛みも何も感じない。でも彼は、レンは自分の状態も顧みず私の傷を気遣う。
彼の方が、限界なのに。それでも、私に手を伸ばそうとしていた。私は思わず彼の肩に手を添えた。彼の体温は高く、手のひらに震えが伝わる。
「あなたの方が...」
声が震える。こんなにも傷だらけなのに、最初に気にかけてくれるのは私。
「スノウが無事で……よかった……」
その瞬間、私の心が軋んだ。この人は、何度も人を壊してきた。でも今、こんなにも壊れかけているのは――私を守ったからだ。
「……母さん」
――その声が、私たちの間に降りてきた。振り返ると、タクミがいた。いつの間にか、あの子の目が変わっていた。瞳は、柔らかな茶色に金が滲み、中心には、見たことのある縦に裂けた輝きが浮かんでいた。
「タクミ」
私の姿を見て、タクミは眉を寄せ苦しそうば表情をした。少し躊躇った後、ゆっくりと近づいてきた。
「母さん!」
「タクミ、あなたも無事でよかった」
ゆっくりと両手を広げると、今度は勢いよく私の胸に飛び込んできた。
「母さん!母さん!」
私が撃たれるところを見てしまったのだ。タクミにとって、これ以上ないくらい残酷な場面だっただろう。
「...ごめんね」
罪悪感はある。だが、私は今後同じ状況に陥った時、今日と同じ行動をするだろうと感じていた。
「ごめんね、タクミ」
号泣するタクミを胸に抱いた。ふと隣を見ると、金色の瞳がじっと私を見ていた。
「スノウ」
「なに?」
「もう、やめてね」
レンは、タクミごと私を抱きしめる。
「君が傷つくのは、もう見たくないんだ」
わかった。と返事が出来なかった。私は、守られているだけなんて、絶対に嫌だ。
レンの力強い腕に抱かれ、一時の平穏を感じた。
ーーー
「……さっきの白い奴ら、スノウたちことを知ってた」
その言葉に、私は息を止めた。
「狙いが、最初から決まってた。僕と、スノウと、タクミ。それ以外には、誰も……」
レン声は冷静だった。私は立ち上がろうとして、膝に力が入らないことに気づいた。レンがそっと支えてくれる。その手の下で、私は震えていた。
「…誰かが、私たちのことを…外に……」
言葉が喉に詰まる。それは確信じゃない、けれど、もう疑う余地もなかった。
「漏らされたんだ」
レンの声が、低く、呟くように続けた。
「……ここに、敵がいる」
モールの奥から吹いてくる風が、冷たかった。そしてその風の中に、今まで気づかなかった何かが――はっきりと、匂い立っていた。
裏切りの気配が。
さぁっと風が、私たちの周りを吹き抜ける。
ーーその時
ドサっと音を立てて、タクミの小さな体は床に倒れ込んだ。
「……タクミ!」
私が抱き起こした時、彼はすでに意識が薄れていて、唇から血の筋が垂れていた。その小さな体を抱き上げた私の手のひらに、異様な熱が走る。熱い。おかしい。子どもの体温じゃない。
「どうして……タクミ、どうしてこんなに熱いの?」
呼吸は荒く、唇は震えている。その胸元には、まるで内側から焦げ付いたような赤黒い痣が広がっていた。
「これ……」
私の視線が、助けを求めるようにレンを仰ぐ。そのとき、レンの脳裏にふと、朧げに昔の記憶が甦る。
自分が前にいた場所の記憶は鮮明ではないが、確かタクミのような特殊個体がいたと記憶している。その中で、タクミと類似した個体の情報...。あれはたしか。
【適応型自然出生個体:音声による神経支配を確認。発動時、細胞代謝急上昇――寿命限界:8年】
内容を思い出した瞬間、レンの瞳が一瞬だけ震えた。
「……まさか」
レンの指先が震える。私がもう一度、タクミを抱き寄せる。その胸の中で、タクミがか細く呟いた。
「……母さん……僕……やっぱり、ちょっと……変なんだね……?」
その声は、まるで風に消える焔のようだった。
「違う……違うよ……!」
私の声が掠れた。彼の額を必死に拭いながら、何度も否定の言葉を繰り返す。
「おかしくなんかない……あなたは……私の、たった一人の息子よ……!」
その横で、レンは目を伏せていた。拳を強く握りしめ、爪が掌に食い込むほどに。そして、低く呟く。
「命を……削ってたんだね」
ーーー
「スノウ……行くしかない」
「え……?」
「このままじゃ、タクミは……」
レンの声が震えた。その目には、かつて見せたことのない――哀しみと怒り、そして意思が宿っていた。
「タクミの寿命は、尽きかけているのだと思う」
「!?」
レンの言葉に、私は声も出せなかった。タクミが死にかけている。こんな、私の命と言っても過言でない我が子の命が、消えかけているなんて。信じられなかった。涙は止まらず、頬をとめどなく流れ続ける。
「だけど手立てはある、大丈夫だよスノウ」
厳しい顔をしていたレンは、優しく微笑んだ。
「前に僕がいた場所、あそこならタクミを何とかできるかもしれない」
レンは力強く、私たちを安心させる様に私たちを抱きしめた。その行為は、レンから人間らしさが伝わってきて、私は涙がまたも止まらなかった。
「……ええ。行きましょう」
私は、涙に濡れた頬を拭い、力強く頷いた。
**
そのとき、タクミが夢うつつに、ぽつりと呟いた。
「……ぼくね……母さんを守るためなら……全部、使ってもいいって……思ってたんだ」
私は絶句した。そして、レンがその小さな体を見つめて、低く――けれどはっきりと、言葉を放った。
「……君の命は、誰かのために使い捨てていいもんじゃない。君は僕と同じ。奪われるために生まれてきたわけじゃないだから」




