27.
薄暗い部屋の中、私はベッドに腰掛け、レンの眠る背中をぼんやりと見つめていた。空は鈍く曇っていて、太陽の姿すら映らない。それでも、いつもよりほんの少しだけ、胸の痛みが少なかった。
(レンは、少しずつ……変わろうとしている)
彼の優しさは、不器用で、歪んでいて、どうしようもないほど狂っている。
だけど——それでも、触れ方が変わった。痛めつけるための手ではなく、繋ぎとめるための手に。
私は、今朝ふいにレンが差し出した、ただの水のコップを思い出す。「飲む?」と聞かれ、彼女が黙って頷くと、レンはとても満足そうに笑った。
(そんなことで、喜ぶの……)
喉の奥に湧き上がる感情は、憐れみではなかった。それよりもっと、近い感情。名づけるにはまだ早い。
「…君って、すごいよね」
ぼそりと呟いたのは、レンだった。背を向けていたはずなのに、起きていたらしい。
「僕が何をしても、泣いても、叫んでも、逃げようとしない」
「……逃げたいよ。できるなら、今すぐにでも」
「でも、しないよね。僕が変わろうとしてるって、わかってるから?」
私は答えなかった。ただ静かに、膝の上に置いた自分の手を見つめていた。
「家族って、難しいんだね」
そう呟いたレンの声は、かすかに震えていた。まるで、その言葉を口にすること自体が、禁忌を破ることのように。
「僕ね、タクミのこと……ちょっと邪魔だなって、思ったりもする」
私の心が、かすかに軋んだ。けれど、私は息を吸い込んでーー「でもね」と、言った。
「家族って、そういうものだよ。邪魔でも、うるさくても、時に許せなくても……それでも、一緒に生きていく」
「それが、家族ってものなの?」
「うん。……私も、あなたを完全に受け入れてるわけじゃない。でも、努力してる。だから——あなたも、タクミを受け入れて。あの子は……あの子も、家族だから」
レンはしばらく黙っていた。その横顔はまるで、見慣れない言葉を咀嚼している子どものようだった。
「……できるかな」
「できるよ。きっと。あなたなら」
「僕、ならって言われたの、初めてかも」
レンは静かに立ち上がり、私の隣に腰を下ろした。その動作は、以前よりも穏やかで、何よりも壊すためではなかった。
私の肩に、そっと額を預ける。
「……ありがとう」
その小さな声に、私は頷いた。目を閉じて、胸の奥に広がる複雑な熱を抱えながら。
「タクミ、昨日もちゃんと起きてご飯食べたよ」
「そっか」
「僕が声かけたら、逃げたけどね」
「……まだ、怖いんだよ。時間がかかる」
「大丈夫。……君がそう言うなら、大丈夫だと思えるから」
部屋の外では、微かな喧騒。それでも、今この空間だけは——わずかに、家族の形をしていた。
ただしそれは、赤い指先と、白い嘘で成り立つ、脆く美しい家族だった。




