表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/50

27.

薄暗い部屋の中、私はベッドに腰掛け、レンの眠る背中をぼんやりと見つめていた。空は鈍く曇っていて、太陽の姿すら映らない。それでも、いつもよりほんの少しだけ、胸の痛みが少なかった。


(レンは、少しずつ……変わろうとしている)


彼の優しさは、不器用で、歪んでいて、どうしようもないほど狂っている。


だけど——それでも、触れ方が変わった。痛めつけるための手ではなく、繋ぎとめるための手に。


私は、今朝ふいにレンが差し出した、ただの水のコップを思い出す。「飲む?」と聞かれ、彼女が黙って頷くと、レンはとても満足そうに笑った。


(そんなことで、喜ぶの……)


喉の奥に湧き上がる感情は、憐れみではなかった。それよりもっと、近い感情。名づけるにはまだ早い。


「…君って、すごいよね」


ぼそりと呟いたのは、レンだった。背を向けていたはずなのに、起きていたらしい。


「僕が何をしても、泣いても、叫んでも、逃げようとしない」


「……逃げたいよ。できるなら、今すぐにでも」


「でも、しないよね。僕が変わろうとしてるって、わかってるから?」


私は答えなかった。ただ静かに、膝の上に置いた自分の手を見つめていた。


「家族って、難しいんだね」


そう呟いたレンの声は、かすかに震えていた。まるで、その言葉を口にすること自体が、禁忌を破ることのように。


「僕ね、タクミのこと……ちょっと邪魔だなって、思ったりもする」


私の心が、かすかに軋んだ。けれど、私は息を吸い込んでーー「でもね」と、言った。


「家族って、そういうものだよ。邪魔でも、うるさくても、時に許せなくても……それでも、一緒に生きていく」


「それが、家族ってものなの?」


「うん。……私も、あなたを完全に受け入れてるわけじゃない。でも、努力してる。だから——あなたも、タクミを受け入れて。あの子は……あの子も、家族だから」


レンはしばらく黙っていた。その横顔はまるで、見慣れない言葉を咀嚼している子どものようだった。


「……できるかな」


「できるよ。きっと。あなたなら」


「僕、()()って言われたの、初めてかも」


レンは静かに立ち上がり、私の隣に腰を下ろした。その動作は、以前よりも穏やかで、何よりも壊すためではなかった。


私の肩に、そっと額を預ける。


「……ありがとう」


その小さな声に、私は頷いた。目を閉じて、胸の奥に広がる複雑な熱を抱えながら。


「タクミ、昨日もちゃんと起きてご飯食べたよ」


「そっか」


「僕が声かけたら、逃げたけどね」


「……まだ、怖いんだよ。時間がかかる」


「大丈夫。……君がそう言うなら、大丈夫だと思えるから」


部屋の外では、微かな喧騒。それでも、今この空間だけは——わずかに、家族の形をしていた。


ただしそれは、赤い指先と、白い嘘で成り立つ、脆く美しい家族だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ