15.
眠っていたのは、どれほどの時間だっただろう。重たいまぶたをようやく持ち上げた時、横にはタクミが小さく寝息を立てていた。その小さな寝顔に、ほっと胸を撫で下ろしながら体を起こしかけた瞬間、私は一瞬、凍りついた。
……痛みが、ない。
あれほど苦しかった脇腹の激痛も、全身に刻まれた夥しい痣も…何もかもが、跡形もなく消えていた。
「…なんで?」
薄く震える指先を、真っ白な腹部へと滑らせる。そこには、痣も、傷も、痛みもなかった。肌は元通り、いやそれ以上に透き通っていて…まるで、初めから傷なんてなかったみたいに。
「嘘…そんな……」
耳の奥で、微かな耳鳴りがした。こんなこと、ありえない。自分の身体に起きている変化が恐ろしくて、喉が引き攣る。
「人間じゃ、なくなってる……?」
喉の奥から、ぽつりと零れた声は、まるで誰かの他人事のようだった。横で目を覚ましたタクミが、ぱちりと瞬きをして、私の顔を見る。
「母さん、もう痛くないの?」
「うん。もう…どこも痛くない。タクミ、ありがとう。おかげで眠れたよ」
心配させまいと笑ってみせると、タクミはふにゃりと笑い、彼女の体にしがみつくように抱きついた。その小さな体温に、私は一瞬だけ、現実の恐怖を忘れそうになった。
その日、シュウジが水と物資を部屋へ持ってきた。部屋の扉を開けたシュウジは、私の姿を見た途端、ほんの一瞬だけ目を細めた。だが、すぐに何事もなかったように表情を戻し、「変わらずだな」とだけ呟く。
「見て、わかりますか? もう、治ってるって」
「…ああ。だけど、俺は…あんたが最初からそういう存在なんだと思ってたからな」
その一言が、不思議なほど心を落ち着けた。同情も、哀れみもない。ただ、そのままでいいと言われたような気がして、私は息をつき、微笑む。
私には、ニ日間の猶予が与えられていた。レンの温情――それは恐ろしくもあり、どこか不気味な静寂でもあった。
私はその静穏に甘え、タクミと束の間の穏やかな時を過ごしていた。
だが、翌日。
再び部屋を訪れたシュウジの顔には、微かに緊張の色があった。
「…少し、外に来い。見せたいもんがある」
無言で頷くと、私はタクミに「すぐ戻る」と声をかけて部屋を出た。そして、案内された先で見た光景に、言葉を失う。
――外。
朽ちかけた高台から見下ろしたその場所で、それは行われていた。モールに近づこうとする者たちを、レンが次々に殺していた。躊躇いも、表情の翳りもない。淡々と、楽しげに、感情もなく人を潰すように。
「……ッ」
その姿は、信じられない速さで敵を屠る、まるで映画の中の超人のようだった。血飛沫が舞い、呻きが上がり、そしてすぐに静寂が戻る。誰一人、レンに触れることさえできない。一撃。たったそれだけで、人が崩れる。
「……あれが、レンの役割だ」
シュウジの低い声が、私の耳に落ちた。
静かに、私は頷いた。彼の恐ろしさも、異質さも、そして――この地獄における必要性も。それでもなお、彼女の胸の奥には、消えない感情が残っていた。
あの笑顔で、自分の名を呼ぶ、あの狂気の男のことが……頭から離れなかった。
レン
なんていう武器?