表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/50

10.(タクミside)

シュウジは黙ったまま、金属製の階段を上がっていた。背後に足音が一つ、ぽつりぽつりとついてくる。まだ幼さの残るその足取りは、時折、止まりかけるように弱々しい。


タクミ――その子どもは何も言わなかった。けれど、その沈黙には意味があった。それは、ただの不安や怯えではない。


「……タツミ、戻ってくる?」


ぽつりと、タクミが呟く。階段の途中で、シュウジは足を止めた。振り返ることなく、短く答える。


「戻る。レンに殺されでもしない限りはな」


それが慰めになるとは思っていなかった。けれどタクミは、それ以上何も言わなかった。


――レン。

その名を口にするだけで、このモールの空気は一瞬ひきつれる。明文化された掟など存在しない。あるのはレンの意思だけ。全員がそれを理解していて、誰もそれを口にしない。


シュウジは階段を上り切り、無造作にドアを開ける。小さな元スタッフルームの一角――タクミのために仮に用意された空間だった。ブランケットと、壊れかけのロボット玩具。水の入ったコップと、棚の上に並べられた空の缶。


「腹減ってるなら言え。少しくらいなら、どうにかする」


タクミは小さくうなずく。そして隅の床に腰を下ろした。しばらく、無音が部屋に満ちた。


「……なんで助けてくれるの?」


不意の問いに、シュウジは一度まばたきをしただけで、表情は変えなかった。


「助けてるつもりはない。頼まれただけだ」


「レン、って人に?」


「ああ。……アイツに頼まれたってことは、断れないってことだ」


少しだけ、シュウジは目を細めた。その表情は無機質で、感情が読み取れない。だが、無関心ではなかった。


「貸しと借り。それだけだ」


「レンに?」


「ああ。……タツミ、あいつ変わってるだろ。男のくせに、歳も読めねぇし、無口で、感情も薄い」


シュウジはそう言って、壁にもたれた。


「レンが興味持ったのも、その異物感のせいだろ。……ある意味、タツミも危うい。だから、お前は俺が見てる。それだけだ」


タクミは静かに膝を抱えた。その瞳は、年齢にはそぐわないほどに鋭かった。


本当は、言いたい。

「タツミは母だ」と。


けれど、それを口にしてしまったら、もう元には戻れない。この世界では、真実ほど危険なものはない。


そして彼は気づいている。


レンという男が、もうすでに――

母を、誰のものでもない場所から、自分のものへと引き込もうとしていることを。


ゆっくりと、タクミは目を閉じた。


沈黙だけが、ふたりのあいだを埋めていた。





















シュウジとタクミ




















挿絵(By みてみん)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ