八話:調査部隊編成
そうして迎えた翌日、会議室に揃ったのは、教師、生徒、そして監察官――計四名。
明日から始まる、安全区調査に向けた事前打ち合わせの場だった。
教師のイレーナ=ブライユは、ため息をひとつ落とすと、手元の資料に視線を落とした。
「……というわけで、明日からの現地調査について、改めて確認します。
構文術科准教授、イレーナ=ブライユです。今回は“代表教員”という立場になりますが、個人的には、あまりこういう場に呼ばれたくなかったですね」
誰にというわけでもなく、ぼやくようにそう言う。
「同感だよ。学園内で魔獣なんて、正直笑えない冗談だ」
ヴァルド=アステリアが腕を組んだまま低く呟く。
魔術連盟から派遣された監察官。粗野な雰囲気はあるが、言動には筋が通っている。
「俺は連盟直属の監察官。今回の調査では記録管理と現場判断が主な仕事だ。みんな、必要以上にやらかさないでくれよ」
「お言葉だけど、やらかすのはむしろ“外の方々”では?」
皮肉めいた調子で割って入ったのは、学生服の青年――クロード=マルヴァ。
「学内首席として呼ばれたけど、個人的にはこれも時間の無駄だと思ってる。
どうせ、何かの術式残骸が反応しただけじゃないの? “魔獣の群れが現れた”なんて、大げさにも程がある」
「まあまあ、決めつけは良くないよ、クロード」
同じく生徒のソル=エリクサが、場の空気を和らげるように笑ってみせる。
「現場で何が起きてたか、まだ断定できる材料は出てないんだし。僕たちに求められてるのは“調査”であって、“意見”じゃないからね」
「意見を持つことと、無闇に騒ぐことは別問題よ」
イレーナが手早く資料を机に配りながら続けた。
「調査初日は、第一区画の魔力痕と構文網の再測定。二日目には周辺区画での地形変動と異常点の洗い出し。
解析内容と記録媒体は、全てヴァルドさんの監査下に置くことが条件です」
「了承した。学園側が主体で調査を進める以上、俺はそれを記録するのが仕事だ。
必要な時だけ、判断を出す。……で、それ以外の時は、できれば静かにしていたい」
ヴァルドは淡々とした口調でそう言うと、用紙を一枚だけ抜き取って眺めた。
「……しかし、仮にも“安全区”と呼ばれてた場所に群れが現れたってのは、笑えない話だ。
構文障壁が破られた痕跡は? 異常な魔力反応でもあったのか?」
「それが――どれも決め手に欠けるんです」
イレーナが眉をひそめる。
「痕跡はある。ただし、意図的に“隠蔽されたような構文痕”も混在している。
それに、障壁そのものに物理的破損はなく、座標歪曲も確認できていない……つまり、侵入経路が“見当たらない”状態」
クロードが鼻を鳴らす。
「本当に群れが“外から来た”のかすら怪しいね。……中から“湧いた”んじゃないの?」
その言葉に、場の空気がわずかに重くなった。
ソルが指先で資料の端をなぞる。
「でも、もしそうなら……それは“もっと嫌な話”になってくると思うよ、クロード」
ヴァルドが一度だけ小さく頷いた。
「どっちにしろ、現場を見ない限りは、推測の域を出ない。……明日からが本番だ。よろしく頼む」
会議は、それ以上余計なやり取りもなく、静かに終わった。
だが、その場の誰もが――心のどこかで、“何かが引っかかっている”のを否定できなかった。
魔獣の群れが現れた場所。
外部痕跡が存在しない侵入。
そして、構文痕の“異常な乱れ”。
学園のどこかで、“何か”が静かに起きている――
それを確かめる調査が、いま始まろうとしていた。