第九話
「それじゃあ先輩、頑張ってくださいね」
みかんは犬を連れて颯爽と駆け出して行った。
もう少しお喋りをしていたかったのだが生憎俺は今日別の女の子との約束があるのだ。
その勇気をもらったという意味でも彼女には改めてお礼を言わねばなるまい。
気がつけばもうすぐももとの約束の時刻。
俺は市民体育館の方へと歩いていき、その入り口前に到着した。
ふと目をやると入り口付近で何やら不審な動きをしている女子生徒がいた。
うちの学校のジャージを着ており、校章は青色。一年生だ。
茶色の髪にポニーテール。勝手なイメージだが運動部のマネージャーって感じだ。
「どうかしたのか?」
俺はその子に声をかけた。
「へあ!?」
背後からいきなり話しかけたもんだから驚かせてしまったようだ。
「びっくりしたあ。なんなんですかいきなり!」
「いやなんか困ってるみたいだったから声を掛けただけで決して怪しい者じゃない」
「なんだ、そうだったんですか…。これは失礼しました。てっきり新手のナンパかと」
これから女の子と待ち合わせなのにそんなことするわけないだろ。まあそんな事情この子は知らないだろうが。
「それで何をしてるんだ?」
「はい。ちょっとうっかり大事なものを落としてしまって。たぶんここに来る途中に落としたと思うんですけど…」
「なるほどな、落とし物を探してるってわけか。一体何を落としたんだ?ちょっと時間があるから俺も探すの手伝うよ」
その子は最初びっくりした顔をしていたが、俺を見定めるように少し観察した後、紛失物の詳細を教えてくれた。
一体何のチェックだったのだろうか。
「お守りです。手作りのお守り。昨日頑張って作ったんですけどあまり上手くできなくて。変な布切れみたいのを探してもらえればきっとそれだと思うんですけど…」
俺は手伝うと言ったことを心底後悔した。
後から知ったことだが想い人にお守りを贈るのが昨今流行っているらしい。
そうでなくとも手作りのお守りと聞けば誰でも察しがつく。俺は見ず知らずの女が彼氏に渡すためのものを親切にも探してやらねばならないらしい。なぜこんなことになったんだ。
これから控えているももの一件の前哨戦ぜんしょうせんとでもいうのだろうか。
その子は目鼻立ちは整っていてあの生徒会メンバーに引けを取らないほど可愛い子だった。あわよくばお近付きになっておいて損はないだろうと考えてしまった数分前の俺をどうか責めないでほしい。
「お守りね、わかったよ。ちなみに何か特徴はないか?何か探すのに手掛かりになるような」
「そうですね、バスケットボールに柿のへたみたいのがついたワッペン。それが大きく刺繍してあります」
「わかった」
俺は辺りをくまなく探した。
しかしそれらしいものは見つからない。
別の方を探していた彼女が話しかけてくる。
「そういえばお名前を聞いていませんでした」
「俺は加護野 陽喜。今日は友達と一緒に友達の応援にきたんだ。そっちは?」
「私は一年の柿沼かきぬま 富有ふうです。
今日はバスケ部のマネージャーとしてここに来たんです」
どうやら本当にマネージャーだったらしい。
さっきの話を聞く限り、そのお守りを渡したい相手というのは十中八九バスケ部員だろう。
バスケ部ってのは球をぽんぽんついているただそれだけで女が寄ってくるんだからいいもんだよなあ。
まあその褒美に見合うだけの過酷な練習をしているのだろうから文句を言うつもりはないが。
「朝早くにきて色々準備する予定だったんですけど…まさかこんなことになるなんて」
俺もまさかこんなことになるとは思ってなかったよ。
「まあ2人で探せばすぐ見つかるだろ」
俺たちはひたすら茂みや道路脇に目を配り、例のお守りを探し続けた。
しかし10分くらい経ってもお目当てのものは出てこない。
本人は布切れのようなものだと謙遜していたが、想いを込めて作った大切なものに変わりはないし、できることなら見つけてあげたい。
本人曰く、どこで落としたのかはまったく検討がつかないと言う。
もしかしたら家を出てすぐかもしれないし、この辺りにまだあるのかもしれない。
ただ、家まで戻って探しに行くとなるとここからは距離があるらしく試合開始の時刻になってしまうらしい。
「はあ。仕方ないですね、諦めましょう」
ふと彼女は俺に告げた。
思い立ったようでもあり、深く思案した結果の言葉のようでもあった。
「いいのか?」
「はい。ここまで探してないならきっと家のほうだと思います。それにお守りなんてなくても直接伝えればいいんです。頑張ってって。」
それが出来なくて悩んでいる人がいるから俺は今日ここにいる訳なのだが確かに彼女ならそれが出来そうだと思った。
どう見たって明るく自然に振る舞って相手に気持ちを伝えるのが上手そうに見える。
「そうか。わかった。頑張れよ」
「はい!先輩も応援がんばってくださいね」
応援の応援をされたのは生まれて初めてだ。
俺は手を振って彼女に別れを告げ、彼女は小走りで体育館へ入っていく。
俺は入り口付近の壁にもたれかかってももを待った。
見上げた青い空まで俺を応援してくれているようだった。