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「珊瑚」
ここでいつも二人で何時間でも話していた筈なのに、ここ数週間で全く寄り付かなくなった珊瑚を呼び付けた丑三つ時。
柘榴様でさえ中で起きたことは承知でない、不可侵の俺の部屋。瑠璃が側で眠る部屋。
陶器のような白い肌に触れるのは憚られて、起こしてはいけないとなんとなく理由をつけて、彼女の顔の側に置いていた手を自分の方へと引き戻す。
珊瑚はそれを見て、怪訝そうに眉を顰めた。
「俺、ここを出るよ」
目をしっかりと見てそう伝えたから、彼の瞳に薄い膜が張っているのがわかった。
珊瑚は泣きそうな顔をしていた。
「俺は」
今までずっと二人で過ごしてきた。周りにあまり馴染めなかった俺に、最初に声をかけてくれたのが珊瑚で、それからずっと。他の子供達とも職員達とも打ち解けていた筈の珊瑚は俺を構ってばかりいた。
いつだったかその理由を尋ねた時。翡翠は考えることができる奴だと、そう言っていた。それがお前の思う俺なら、この選択にも納得が行くだろう。
「なぁ、珊瑚」
「俺も」
珊瑚は明るく穏やかな性格で、しかしその中に少しだけ冷たさが見える。はしゃいでいても頭のどこかは冷静でいる。それが孔雀 珊瑚という男だと思っていた。少なくとも俺にはそう映っていた。
だが目の前の珊瑚からは、冷たさよりも熱さを感じる。戸惑いは冷静とは対照的なものだ。
「俺だって、本当はわかってるんだ。俺は外から来たから」
唇を噛み締める。
「いつだったか、この天文台が外では監獄と呼ばれているって言っただろ。だからさ。教祖様達が罪を犯していることも、俺達が監禁されていることも。全部、知ってて。でも、俺達はその罪に生かされたから。生きていることが悪いことだなんて思いたくなくて。だから、本当はわかってた」
ぼろぼろと泣き出した珊瑚が、これ程まで悩んでいたことを知らなかった。それは俺だけのものだと思っていた。
「俺達が外に出なきゃいけないことを、わかってた」
同じ結論に至ると思っていなかった。
どこかで、敵だと。瑠璃は敵で、珊瑚も敵で。味方はいないと思っていた。
敵だ味方だと馬鹿なことを考えた。俺の目の前には一人の人間がいるだけなのに。
「それでも、捨てられない?」
珊瑚はバッ、と勢いよく顔を上げて目をこれでもかと見開いて俺を見た。
「大丈夫。大丈夫だよ、珊瑚。俺とお前のどちらが正しいかなんて誰にも決めさせない。外の人間にも、瑠璃にも、誰にも」
自由を奪われた俺達にも権利はある。
そう思うことだけは、誰にも侵害されないものだ。
「恩人を見捨てる俺は裏切り者かもしれないし、お前は犯罪者を庇っているのかもしれない。それでも、間違っているだなんて言わせない。俺が一番、正しくて。お前が一番正しいんだ」
涙が服に染み込むことも厭わずに。
俺は珊瑚の体を、目一杯抱き締めた。






