5
寒い、寒い。
雪が降る日だった。
ブルーステラ天文台の前に置いてけぼりにされた、体重二八五〇グラムの小さな赤子。それが俺、月長 翡翠だった。当時の教祖様が名付けてくださった名前で、俺は本当の名前を知らないけれど。俺にとっては、この名前だけが真実だった。
『どうして教祖様を、父と呼んではいけないのですか』
教祖様は、この天文台の子供達を、職員を家族と呼ぶ。自らを父のように慕う人間ばかりで、しかし俺達が彼を父と呼ぶことは許されなかった。
父親のように思ってくれて構わないと言いながらも、教祖という肩書きだけは捨てなかった。
小さかった俺は、あろうことかそれを当時の教祖様に。先代に尋ねた。
先代はこう言った。
『私は、私達が、家族のような関係でありたいと思った。けどね。信仰が途絶えれば、星は私達を見放してしまうから。だから、本当の家族ではいられないんだ』
幼心に分かったのは、俺が、この人に酷いことを聞いたのかもしれないということだけだった。
だってその時、先代は、今まで見たことがないくらい苦しそうな顔をしていたから。
『未だ君には、少し、むつかしいかな』
なのに笑う。
なのに肩を撫でる。
人に気を遣うことしかしない。できない。こんなこと、誰にも言えないけれど。俺は当時、この人を、馬鹿な人だと思った。今はそんなことは思わないけれど。今は、きちんと、あの人の優しさがわかるけれど。
『これは、他の人には内緒なんですけど』
『内緒?』
『できますか?』
教祖様は頷いた。
俺は、そう口止めをして。
『俺、教祖様も人間だって知ってるんだ』
俺はあの時、本当に、優しさがわからなくて。
教祖様に酷いことを言った。
『どうして嘘をつくの。俺は星詠みが得意だけど、神様を信じてるわけじゃないんだよ。どうして皆は、星詠みが信仰の力を原動力とする能力だと言うの?そう思うの?』
信仰心が強い人間だと思われているけれど。
俺は本当はそんな大それた人間ではない。
先代に酷いことを言った、信仰心の欠片もない愚かな人間だった。
今でさえあの時の優しさは理解できても、神様の依代としての教祖様を理解できない。
だってあの人は、俺達と同じ人間だったんだから。
ただの、人間だったんだから。