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幾星霜の標  作者: 櫻城 琥珀
ブルーステラ天文台
3/16

3

俺達は星を詠む。

ブルーステラ天文台の職員は、聖ステラ協会の人間は星を詠む。

曰く、それは占星術である。曰く、それは祈りである。

つまり諸説ある。

得体は知れないが俺達は毎日それをする。多くの職員にとって頭の中で祈りを捧げるのは実態もわからない神様にではなく、教祖様にだ。先先代であり、先代であり、柘榴様に向けて祈りを捧げるようなものだと俺は思っている。

その真意を知ってか知らずか、どのような意図があるのかも知れないが俺は選ばれた。神様に選ばれたのだと先先代は言った。俺は星詠みが他の人間よりも上手かった。

意味も分からず作業と化した祈りを日々消費する俺が、先生と呼ばれることに抵抗感がないわけではなかったが。こうやって研究室という名の不可侵の個室を与えられ、瑠璃を匿うことができているのだから捨てたものではないとも思う。


「占星術は私も習いましたが、この天文台の技術というのは不思議なものですね。星の持つ力を実際に見ることなく、詠むことができるのですから」

「星を詠むには、実際に星を見なければいけないものなのか」

「魔力を持たない者にとっては、ですよ。星を直接見て、その魔力を頂いて初めて理論的な話に移れるのです。星詠みの得手不得手にバラツキがあるのは、魔力の保有量に関わらず画面越しに星を見るからでしょう」


星を見ることを生業にしている筈なのに、直接見ないだなんて勿体無い。

俺には瑠璃がそう言っているように聞こえたし、余程外れてもいないと思う。

この天文台の在り方は俺達の人生だ。それを否定されているようで良い気分はしなかったが、やはり外の世界を知る瑠璃の方が正しいことを言っているように思えて何も言い返せなかった。

だって、貴方は知らないでしょう。と。そう言われてしまえば、俺は何も言えないからだ。


「俺達は外に出ることができないんだ」

「ならどうして、大仰な機械を用いてまで星を見るのですか」

「さぁ。星詠みの理論も、先先代が神様から言付かったものらしいが」

「疑問に思わなかったのですか?」

「それを疑うのは、教祖様を疑うことになるだろう。そんな不義理をできる人間は、この天文台にはそう多くない」


珊瑚のような人間が多数派なら、俺のような人間は本当に少数派だ。

珊瑚はここが監獄と呼ばれる場所だと知りながらも、教祖様への信仰は揺らぐことなく命の恩人にも天秤は傾かなかった。


「貴方は?」

「俺?」

「貴方は、疑問に思わなかったの?」


瑠璃色の瞳が俺を見つめる。

反射した俺の顔は、目は、揺れて見えた。


「私は貴方に聞いているのよ。それに対して周りを言い訳にするのは、私に対しての不義理ではないの?」


突然敬語をかなぐり捨てて、否、俺も瑠璃に対して使っていたわけではないが、それでも突然の豹変と詰問に動揺した。


「貴方は友人を助けた私への義理を通して、こうして匿っているけれど。珊瑚さんはそうではなかったわ。義理人情を重んじると言いながら、本当はその行為をたった一人に認められたいのではなくて?貴方が義理だと思っているものは、教祖様への信仰心ではないの?」


俺達が()の人に信仰心を抱くのは当然だ。

俺達は、拾われたから。

俺にとってはこの天文台だけが世界の全てだった。


「それは、私が以前言ったストックホルム症候群と。洗脳やマインドコントロールと、何が違うの?」

「洗脳されてるだけだって言いてェのか」


思わず低い声が出る。

この天文台の禁忌(タブー)。決して破ってはいけない掟。外に出ず、教祖様を信じていれば俺達は他の何も考えなくて良い。たとえ星詠みができなくとも、衣食住が保証された生活を送れる。外の世界はそうではないと珊瑚が言っていた。

俺達は変化を嫌う。現状が最適だと思っているから。

瑠璃という異端は、俺達にとって好ましくないものだ。それを珊瑚の恩人だからと匿っているが、それでも、瑠璃の発想は俺の世界を脅かす。

だから俺は、この女が好きじゃない。

良い奴だけれど、好きじゃない。


「ごめんなさい。意地悪なことを言ってしまいましたね」

「意地悪、ね」


深く息を吐いた。

肌がピリつく。

今までにはなかった感覚。


「お前が何を言おうと、何をしようと、約束は守る。俺はお前のことを匿い、庇い、お前がここにいる限り何からも守ってやる。それを盾にすることはないし、約束を反故にすることもない」

「それが約束だからですか」

「違う。俺が、お前を信じたからだ。珊瑚を託した時にそう決めたからだ。お前はどうやら俺が不快になると知って言葉を重ねているようだが、そこだけは違えない。何を考えているか知らないが、腹を探るような真似はやめろ」


目を見て言ってやった。

瑠璃と話していて話の主導権を握ることはそう多くはないが、彼女は騙そうという気のない打算のない言葉には弱い。


「そう、ですね。すみません」


先よりも殊勝な顔をして謝った彼女を見て、厄介な性分をしていると溜息を吐いた。

申し訳なさそうに俯くものだから。俺は、ポンと瑠璃の頭を撫でた。


びっくりして俺を見上げる瑠璃に、笑いかける。


「俺、お前のこと好きじゃないけど。嫌いじゃないよ?」

「え、あ、はい」


上手を取れたようで気分が良い。

俺は踵を返し、ドアノブに手をかけた。


「飯、取ってくるから待ってろ」

「えぇ。待ってます」


部屋から出て、扉を閉めた。

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