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幾星霜の標  作者: 櫻城 琥珀
自由
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一年の間、旅をして。俺達はそれから何十年もあの家で二人の時間を過ごした。時折、街に出ることはあっても、街に腰を落ち着けることはなかった。店も沢山あって、便利で、楽しい筈だったが。そんなことよりも二人で静かに過ごしたかった。

あの時、瑠璃が何をしていたのか俺は知らない。ただ旅についていき、家にいる時と変わらず二人の時間を過ごしただけだと思っている。けれど瑠璃には何か目的があった筈で、それは急に帰ろうと言ったことからも明らかだった。目当てのものが見つかったから帰ろうと言ったのだろうと。


「瑠璃」


久しぶりに名前を呼んだ気がする。

ずっとお前と、そう呼んでいた。二人だけの空間で必要なのは一人称と二人称で、三人称は不要なものだったからだ。瑠璃が俺のことをあなたと呼ぶ理由も同じようなものだろう。そう言ったら、瑠璃はわからなくて良いと言って笑っていた。


「怖い?」


ベッドの脇に体を預け、手持ち無沙汰に俺の手を握りながら。もう一人で歩くことさえできない俺に、瑠璃がそう聞いた。

きっと俺は、今日、死ぬんだろう。


「怖いよ。俺が、死ぬのも。お前を置いていくのも」

「心配しないでよ。一緒に死んであげるから」

「また戻るのか」

「戻らない。ずっと前、一年くらい旅をしていたのを覚えてる?」

「忘れるわけない。覚えてるよ」

「魔力を封じる石があるの。私はそれを探してた」


瑠璃は手を差し出し、開いた。

掌に乗せられたそれは緑色の石だった。


「ヒスイ、って言うの。これを側に置けば、私、魔法が使えない。死んでも戻らない。だから、ね。一緒に死んであげる」

「だって、お前、まだずっと、生きられるのに。お前はずっと変わらない、昔のままなのに」


俺だけが老いた。


「そうね。あなたは変わった」

「変わらない、とは言わないんだな」

「だって変わったんだもの。仕方ないじゃない」


瑠璃は唇をキュッと結んで。

少し笑った。


「でも、昔のあなたも今のあなたも私は大好きだから。それだけは変わらない」


一雫、溢れ落ちる。

頬を伝うものを瑠璃は知っているだろうか。


「どうして泣いてる」

「私にだってわからない。こんなこと、生まれて初めて」


俺が瑠璃に、それを教えたとして。

それはどれだけの誉だろう。


「怖いから、手を握ってて。久しぶりで加減がわからないの」

「良いよ」


瑠璃はベッドの端に肘を置いて、左手は俺の手を握ったまま、右手で側にあったナイフを掴んだ。


そうして、躊躇いなく首元を引き裂いた。


「ずっと、握ってるよ」


血飛沫が飛び散る。

俺の顔についたソレを舐めて、力の抜けた手を強く握り締めた。

親指で脈を取る。

もう息はない。


「側にいるよ」

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