16
一年の間、旅をして。俺達はそれから何十年もあの家で二人の時間を過ごした。時折、街に出ることはあっても、街に腰を落ち着けることはなかった。店も沢山あって、便利で、楽しい筈だったが。そんなことよりも二人で静かに過ごしたかった。
あの時、瑠璃が何をしていたのか俺は知らない。ただ旅についていき、家にいる時と変わらず二人の時間を過ごしただけだと思っている。けれど瑠璃には何か目的があった筈で、それは急に帰ろうと言ったことからも明らかだった。目当てのものが見つかったから帰ろうと言ったのだろうと。
「瑠璃」
久しぶりに名前を呼んだ気がする。
ずっとお前と、そう呼んでいた。二人だけの空間で必要なのは一人称と二人称で、三人称は不要なものだったからだ。瑠璃が俺のことをあなたと呼ぶ理由も同じようなものだろう。そう言ったら、瑠璃はわからなくて良いと言って笑っていた。
「怖い?」
ベッドの脇に体を預け、手持ち無沙汰に俺の手を握りながら。もう一人で歩くことさえできない俺に、瑠璃がそう聞いた。
きっと俺は、今日、死ぬんだろう。
「怖いよ。俺が、死ぬのも。お前を置いていくのも」
「心配しないでよ。一緒に死んであげるから」
「また戻るのか」
「戻らない。ずっと前、一年くらい旅をしていたのを覚えてる?」
「忘れるわけない。覚えてるよ」
「魔力を封じる石があるの。私はそれを探してた」
瑠璃は手を差し出し、開いた。
掌に乗せられたそれは緑色の石だった。
「ヒスイ、って言うの。これを側に置けば、私、魔法が使えない。死んでも戻らない。だから、ね。一緒に死んであげる」
「だって、お前、まだずっと、生きられるのに。お前はずっと変わらない、昔のままなのに」
俺だけが老いた。
「そうね。あなたは変わった」
「変わらない、とは言わないんだな」
「だって変わったんだもの。仕方ないじゃない」
瑠璃は唇をキュッと結んで。
少し笑った。
「でも、昔のあなたも今のあなたも私は大好きだから。それだけは変わらない」
一雫、溢れ落ちる。
頬を伝うものを瑠璃は知っているだろうか。
「どうして泣いてる」
「私にだってわからない。こんなこと、生まれて初めて」
俺が瑠璃に、それを教えたとして。
それはどれだけの誉だろう。
「怖いから、手を握ってて。久しぶりで加減がわからないの」
「良いよ」
瑠璃はベッドの端に肘を置いて、左手は俺の手を握ったまま、右手で側にあったナイフを掴んだ。
そうして、躊躇いなく首元を引き裂いた。
「ずっと、握ってるよ」
血飛沫が飛び散る。
俺の顔についたソレを舐めて、力の抜けた手を強く握り締めた。
親指で脈を取る。
もう息はない。
「側にいるよ」




