12
強く握り締める。
掌に入る切れ込みと、そこから流れ出す鮮やかな赤色の血液は一瞬遅れて俺に痛みを思い出させた。
「やめろ、瑠璃」
「その手を退けて」
綺麗な目は、しかし俺を睨み付けるばかりだ。
「私が何とかするから。貴方は何もしなくて良いの。私の手を取るだけで、後は何も」
「覚えてなくて悪かった」
静かに呟く。
もしかしたら、お前の知ってる俺は死んだのかもしれない。でも、今ここにいる俺は。お前の全てを知らない俺だけど。それでも。
「でも、まだ生きてるぞ」
戻ったのが一回でも、二回でも。もしかしたら、何十回何百回かもしれないけれど。
「今の俺達は、未だ足掻き切ってないだろ。目一杯生きて、戦って、死ぬのはその時だ」
瑠璃にとっては次がある。
だが、俺には次なんてものはない。この場にいる俺はこの一度きりだ。
「付き合え」
後ろから瑠璃を抱き締めるように抱え込み、守るように肩に手をかけ体を包み込む。
「柘榴様。俺達はここから出ます。これは、俺の意思です」
「私は」
柘榴様はそう言って、少しばかり口籠った後、真っ直ぐと俺の方を見た。
その瞳は少しだけ揺れているように見えた。
「神の言葉が聞こえたことはない」
「柘榴」
咎めるような声が隣から聞こえるだろうに、その口は震えながらも禁忌を紡ぐ。
「知らないフリを、していました。私が、知りたいことを、隠してきました。何年も、何十年も」
慕っている人間を騙すには、先代も柘榴様も優し過ぎた。
「私達の負けです。人間の欲を抑えつけることはできない。生まれながらに定められたことに抗った勇気に報いて、もう、解放させてあげませんか」
柘榴様は、もう揺れ動くことのないしっかりとした眼差しでご隠居を見据えた。
ご隠居は袂に手を遣る。
奥から覗くのは、白銀の刃。
「柘榴様!」
「逃げなさい、翡翠」
柘榴様がそう呟くのと同時に、瑠璃が俺の手を引いて勢い良く駆け出した。
「引き返せ瑠璃!」
「できません!」
「柘榴様がっ、珊瑚もまだいるんだ!」
珊瑚は共犯だ。逃亡幇助は、ここでは大きな罪になる。逃げた俺達の分の罪まで背負えば死ぬまで、この監獄の中で針の筵だ。体の良いサンドバッグに成り下がる。
ずっと俯くだけで、何も言わなかった珊瑚。
最後まで。
「珊瑚!」
走りながら、手を引かれながらも振り返る。
垂れ下がった髪から覗く目は恐怖を宿し。けれど、口元は笑みを湛えていた。気にするなと言っているようだった。
「柘榴、様」
刃に胸を貫かれた柘榴様と、襤褸のような姿でそれでも笑いかけた珊瑚。
外に出ると決めたことに悔いはない。
ただ、俺は決して忘れてはいけないと思った。
何を犠牲にしてたった今、外の土を踏みしめたのかを。




