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幾星霜の標  作者: 櫻城 琥珀
俺たちの神様
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1

輝く星々は宇宙の広さだけ。

宇宙の広がりは無限のその先まで。

そんな夜空を閉じ込めたような、瑠璃色の瞳を見た。


「助けて差し上げましょうか」


天からの声だと思った。

俺が蹲んでいたからそう聞こえたわけではない。窮地に立たされた身の、その耳に届いた希望だったからでもない。

上から降ってきた彼女の声は清く滑らかで、それでいて星の煌めきを彷彿とさせる凛としたもので。まるで、天使の歌声のようだったのだ。


「あんたには、それができるか」


気を抜けば惚けそうになる心を正し、気丈に振る舞ったのはこの状況が故だった。

目の前で倒れ伏す昔年からの友人は毒に侵されている。つまり、俺が気を抜けば友が死ぬのだ。一分たりとも、目の前の彼女にさえ心は割けない。揺るがない。揺るがさない。

元来、美しい女に目移りする性分ではなかったことが幸いした。目の前の女ではなく、俺自身でもなく、この場で一番優先させるべきを守らなければ俺は今後お天道様の下に身を晒せないだろう。


「えぇ。でなければ、このような進言は致しません」

「なら頼む。大切な友人なんだ」


女は見ず知らずの他人だった。

この天文台で見たことがない、制服を着ていない、名札をつけていない完全な部外者だ。どうやってここに入ったのかもわからない。関係者証を首から下げていない以上、正式に招かれた客人というわけでもないのだろう。

それでも今、この場には俺と友と彼女しかいない。己に何もできないのなら、彼女が助けられると宣い手を差し伸べるのなら、俺はその手を取るしかないだろう。


「頼まれました」


女は任せてください、と言わんばかりに胸の前で拳を握る。

ふんすふんすと鼻息荒く意気込む姿に、俺は頼もしさと不安という相反する二つを同時に感じた。


それも、次の瞬間に吹き飛ぶのだが。


「王の(さかずき)、水鳥の歌声。満ち満ちて転じ、枯れ落ちて消ゆ。逆十字の帳が下りし時、枯れし浄が再び満ちる時。一時(いっとき)の魂は再び現世(うつしよ)の身に宿る」


友の前に膝をつき、体から二十センチメートルばかり離れた場所から翳す女の手は。細く、か弱い手は。詠唱と共に光を帯びた。


回復付与(ヒールエンチャント)


光は友を包み込み、女の手から離れた。

溢れんばかりの眩い光を生み出した手は、胸の前で合わさり絡み合う。

そして、目を瞑り唱えた。


「王の加護が、ありますよに」


願うように。

祈るように。


「もう、大丈夫ですよ」


ふ、と力を抜き笑った女に対して俺は微塵も動けなかった。

見てわかる程に友の状態が良くなったからだ。顔色が血の気を取り戻し、呼吸も落ち着いている。


「ご紹介が遅れました。(わたくし)藍方(らんぽう) 瑠璃と申します。お兄さんの、お名前はなんですか?」

「月長。月長、翡翠」

「翡翠さん。良いお名前ね。藍方は呼び辛いでしょうから、私のことも瑠璃とお呼びになって」

「瑠璃」

「えぇ」

「お前は、魔女なのか」


随分と直球に、恐らく触れて欲しくはないだろう部分に触れた。

幾ら彼女が好意的な姿勢を見せていたとしても、妖しく艶やかに微笑む魔女は得体が知れないと頭の中で警笛が鳴っているのだ。

そしてその魔女に、どれだけかけて返せば良いのかわからない程に大きな借りを作ってしまったことも確かで。


「対価を言え。お前は何が欲しい」

「貴方は魔女というものを、勘違いしていらっしゃるわ。私が欲するものはただ一つよ」


鼻先に人差し指を立てる。

一つ。人一人の命を救った大きな借りを返せる程の何か。

ごくり、と息を呑む。冷や汗が止まらない。


「心が安らぐ場所が欲しいの。数日から、長くて数ヶ月。だから私を、貴方の縁者としてここに置いてくださいまし」


思っていたより小さく、そして想像していた何よりも難しい望み。

何故ならこの天文台は。


「それは、オススメしない」

「どうして?」

「この天文台に招かれた人間は、外に出ることを禁止されてる。数ヶ月どころか、一生出られなくなるぞ」


天文台ブルーステラ。又の名を、聖ステラ教会。

俺は物心つく前に預けられたから知らなかったが、外の世界を少しだけ知る友から教わったのだ。


ここは、外では監獄と呼ばれる場所だと。

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