容疑者、上下
アリスは完全霊体を作った、あるいは作れそうな霊能者を調べた。
完全霊体を作るほどの霊能者は、国内にそういるものではない。
民間の除霊事務所などから集めた情報から、完全霊体を作ったと思わしき人物の名をリストアップした。
観光バスの事件で保管している証拠品を霊視し、そのリストの人物と少しでも関連がないか調べていった。
すると、保守党を支援する大規模な宗教団体に属する一人の男が浮かび上がった。
「上下十二、ってこいつ確か……」
アリスは言いながら思い出していた。
上下は自らを『預言者』と言ってカルト教団を作っていた。
上下の教団は、降霊と除霊を繰り返して、信者からお金を巻き上げる手口こそ、他の宗教と同じだったが、上下が信者の子息の大学合否を言い当てて、当時、大きな話題になった。
上下は、合格結果発表の二日前に言いあてていた。
本当に未来を見ることが出来るのかは分からない。
二日前なら、大学側も合否リストは作っている。霊能者なら、大学側の合否リストに触れずとも霊視できるだろう。問題はどこまでリストに近づいたかだ。
ただ、簡単に近づけないだろうことを考えると、能力が高いことは間違いない。
上下の宗教団体は、すぐ降霊事件で起訴され解散したが、上下は保守党を支援するその宗教団体に拾われた。
その点から考えても、ある程度の霊能があるに違いない。
「アリスさん、電磁波パターンの検証が終わりましたよ」
アリスはその声に反応して、解析させていたPCへ移動しモニタの内容を確認した。
「観光バスの件と同じ……」
つまり使われた完全霊体が同じ。
だとすると、この『上下十二』という人物が関わっている可能性がより高まってきた。
アリスは立ち上がると、周囲に伝える。
「ちょっと教団さんに聞き込みしてきます」
アリスが教団さんと省略する宗教団体は、保守党の母体とも言える、最大の宗教団体だった。
金髪に黒いリボン。
青色のワンピースに白いエプロン。
大人の頭身をしていたが、それは誰もがイメージする○ィズニーの『不思議の国のアリス』そのものだった。
アリスはそんな格好で、署を出て街を歩いていた。
初見の人は振り返り、外国人観光客は思わずスマフォを向ける。
周りの様子をアリスは一つも気にしない。
大きなオフィスビルのグランドフロアに入ると、警備の人間に手を上げる。
警備は会釈すると同時にスイッチを操作した。
音が鳴って端にあるゲートが開く。
「行き先は教団さんですか?」
「ええ」
警備の人間は慌てて書き込んだ紙を切って、アリスに渡す。
アリスは手を伸ばしてそれを受け取ると、エレベータに駆け込む。
地上二十二階に着くと、一直線に受付に向かい、オートドアを抜けた。
受付として座っていた女性も、アリスを見るなり電話を掛けた。
「渉外係の佐々木さんをお願いします…… ええ。受付にアリス刑事が……」
奥の扉開き、一人の女性が出てきた。
グレーのスーツの上下で、下はスラックスだった。
「何もないわよ」
その女性は、様子から、受付の女性が電話で話していた『佐々木』だと思われる。
「まだ何も言ってないけど?」
「アリス刑事、ここでは話しづらいので、外へ出ましょう」
強引にアリスの腕を取り、受付から外に出る。
「二十五階にカフェがあるからそこにしましょう」
「カフェなんて、聞き耳たている奴がいたりしないの?」
「お高い場所だから平気よ」
二人は呼び出したエレベータに乗り込むと二十五階に着いた。
オフィスビルであり、このフロアまで来れるということは、少なくともゲートを抜けてきている。つまり『篩にかけられている』のだ。
店内は、ゆったりとした座席の配置だった。
それぞれの座席ごとの間隔も、遮蔽もそれなりに出来ている。それでいて、機密的、閉鎖的な印象がない。オープンな雰囲気だった。
見ていると、客同士が口を開いているものの、個別の会話は聞き取れない。
小さい声で話しているのか、簡単な植栽や椅子の配置に秘密があるのだろうか。
「あそこがいいわ」
佐々木が奥の二人席を指さすと店員が案内をした。
二人が席に着くと同時に、店員はテーブルにある何かのスイッチを入れた。
アリスは、店員に問う。
「今、何したの?」
「ご説明がなく申し訳ございません。この席のノイズキャンセリングを作動させました」
なるほど、とアリスは思った。他の席の人間の声がこんなにも聞こえないのはテーブル側から逆位相の音波が同時に流れ、会話している声が聞こえないように鳴っているのだ。だが、逆に、この仕組みの中で音を抜き取る仕組みが入っていた場合、店側には筒抜けということになる。
「ご心配はわかります。しかしながら店側が会話を録音することはありません。お客様の情報はお守りいたします。当カフェは『信頼』が一番の付加価値となっております」
「……」
確かにこんな商売、情報が抜けていたらすぐに破綻しているだろう。だからといって、全部が全部安全だと、信用する訳にもいかない。
佐々木はアリスに確認をせず、店員に注文する。
「アイスコーヒーを二つ」
店員は注文を受けると下がっていった。
「で、何の話?」
「上下十二という霊能者の話」
「かみしも……」
佐々木はジャケットの内ポケットに手を入れ、スマフォを取り出した。
特殊なアプリを起動すると、検索画面が中央に表示される。
マイクの絵柄をタップすると、スマフォに音声入力する。
「かみしも」
ゆっくり、検索結果に一行、また一行と追加されていく。
「上下なんだっけ?」
「十二と書いて『とおじ』」
「残念。脱会してるわ、はい。おしまい」
佐々木は勢いよく背もたれに体を預ける。
「待ちなさい。脱会して終わりじゃないわよ」
「……」
「知っているんでしょ、次の仕事。そこに書いてあるでしょ?」
「……」
「今でも、連絡取れるようになっているわよね」
アリスは、二人の真ん中にあるテーブルに両手を伸ばした。
そして、テーブルにロクロでもあるかのように、親指を上、手のひらを内向きにして開いた。
それを見た佐々木は背もたれから体を起こして、アリスの両手をどけようとした。
「やめっ……」
しかし、起きかけた体は、見えない荷重に押しつぶされるように、再び背もたれに戻ってしまう。
「ほら、ほら、どうする」
「わかった」
「わかったじゃないでしょ」
「ごめんなさい、上下は除霊事務所を開いてるわ。繋がってる、まだ、繋がってる」
アリスの両手が、ロクロを回すかのように動くと、佐々木の顔が歪む。
「……連絡先を送り?」
「送ります! 送ります! やめて! 耐えれない!」
さらに両手を前後に動かすと、佐々木は叫び、身をよじった。
「ここのノイズキャンセリング凄いわ。あなたが、こんな大声出してるのに、ほら、誰にも聞こえないのね」
そう言うと、アリスは手を止め、引いた。
自由になった佐々木は、スマフォを包むように持つ両手の、二つの親指を器用に使ってアリスに情報を送った。
アリスは自らのスマフォを取り出して、受け取った情報を確認する。
「ありがと」