二人の行方
冴島と橋口は宝仙院高等部の二年で同じクラスだった。
二人きりで話をする為、教室からベランダに出ていた。
手すりに背中を預け、教室の中を見ながら、橋口が口を開いた。
「昨日調べたんだケド」
「遠音ミサの件よね」
「色々調べた結果。彼女は、初めからセレブな生徒という訳ではないみたいね、例のフォトスタのアカウント、あれもこの半年ぐらい前から使い始めたもので、古いアカウントは削除されてる」
「それがどうしたの?」
「簡単に言うと最近、お金が入って、それに伴い、遊び方が変わった、ってことなんだケド」
新しいアカウントを使い始めた半年前であれば、二人を含め皆、一年生だった。
春休みに、彼女の収入に劇的な変化があったと言うことだ。
「両親のどちらかが昇進したとか?」
橋口は首を振る。
「そういう話じゃないみたいね。家がお金持ちになった話は一つも出てこない。だけど、あの娘の使えるお金が増えたってことみたいなんだケド」
「どう言うこと?」
「疑っているのは、ミサの周辺で噂になってる『エンコーの斡旋』なんだケド」
「……なら、直接問いかける?」
そう言うと、何かのジェスチャーなのだろうか、冴島は手の平を正面に向け、左から右に、ゆっくりと動かして見せた。
「『命令』で問うてみる価値はあると思うケド」
「じゃあ、放課後」
橋口は頷いた。
授業が終わると、遠音ミサはそそくさと教室を抜け出した。
靴を履き替えて学校の校舎を曲がったところで、行手を阻むように立っている人物に気づき、後退った。
「冴島……」
「待ちなさい!」
遠音は別の門から学校を出ようと、振り返る。
振り返った先には、橋口がバラ鞭を持って立っていた。
箸具が、素早く踏み込むと、一気に距離が詰まった。
だが、遠音は小柄な橋口ならかわせると思ったのだろう。横をすり抜けようとした。
橋口はバラ鞭を持った手を伸ばすと、鞭の先端が遠音の体に触れる。
「!」
バラ鞭の先端から何かが流れ込むと、遠音の動きを止めてしまった。
「な、なに!」
冴島が遠音の肩に手を置いた。
「捕まえた」
「おとなしくついて来てもらうんだケド」
三人は、横に並んで校舎の影へと移動した。
橋口が鞭を握ったまま、遠音の背後に立ち、正面に冴島が回った。
「何よ」
遠音は口に入りそうな髪を、右手で後ろにはらった。
「聞きたいことがあるの。少し付き合ってもらえる?」
「いやよ」
「そうはいかない」
言いながら、冴島は手の平を遠音に向け、左から右へゆっくり動かした。
瞳から正気が抜けたように光が消え、遠音は俯いた。
冴島が言う。
「私の質問に答えるのよ」
「ハイ」
俯いたままそう答えた。
遠音の様子は、冴島の命令が入っている状態を示していた。
「あなた、学校の生徒に『エンコーの斡旋』してるって本当?」
「ハイ、ソノトオリデス」
「神崎さんにも斡旋した?」
「イイエ」
橋口が首を横に振って言う。
「そんなはずないんだケド」
冴島は聞き返す。
「嘘をついたたらダメよ。神崎さんにも斡旋した?」
「イイエ」
「遠音さん、あなた神崎と一緒に遊んでいた?」
「ハイ」
「じゃあ、神崎は何をしてたの?」
命令が入った状態では思考が低下していて、答えを考えることが難しかった。答えを引き出すような、単純な質問にする必要があるのだ。
「あなたは神崎を殺した人を知っている?」
「ハ…… イ……」
状況から、命令が解けかかっているか、心の奥底で抵抗しているかのどちらかだった。
「麗子今の時点で、何か約束を取り付けた方が良いんだケド」
橋口の助言に従って麗子は考えた。
「その犯人と私をあわせて」
「ハ…… イ」
遠音は膝から崩れ、倒れ込みそうになる。
慌てて橋口が脇の下に腕を差し込み、支える。
麗子は指をパチンと鳴らした。
「!」
「何したの?」
橋口は引き上げていた腕を離した。
「別に何もしていないわ」
「……帰っていいの?」
「ええ」
不審な表情をしたまま、遠音はその場を離れる。
校舎の角を曲がる時、二人の方を振り返った。
冴島は笑顔で手を振る。
冴島と橋口は一緒に学校を出ようと、校内のロータリーでバスを待っていた。
すると、後ろから呼び止められる。
「橋口、すまん、少し時間あるか?」
橋口はチラリ、と冴島の様子を伺う。
手のひらを上に向けて差し出すような仕草を見て、先生を振り返った。
「あるんだケド」
タイミング悪くバスが入ってくる。
「かんな、私、先行ってるね」
手を振ると冴島はバスに乗り込んだ。
K駅に着くと、冴島はスマフォに入ったメッセージを確認する。
「……」
メッセージは遠音からだった。
もう問題の人物と話をつけたと言うのか。冴島は思った。早すぎる。何か裏がある。
冴島はそのままスマフォを操作して、警視庁霊能課の柴田刑事を呼び出す。
「もう、こんな時に出てくれないなんて」
けど、後で連絡を取ればいい、そう考えて電話を切った。
「!」
青いワンピースに白いエプロン。金髪のロングヘアで、頭にリボンを巻いている。
その『不思議の国のアリス』の格好をしたものは、誰かを追いかけるように走っていた。
冴島はそれを追いかける。
アリスの姿は、真っ直ぐ水平に走ったかと思うと、今度は存在しない下向きの階段を下っていき、消えてしまった。
なんなの? と、冴島は思った。失踪したアリス刑事に何かあったに違いない。けれど、なぜその姿が見えるのか、何を訴えたいのか分からない。
冴島は電車に乗り換えた。遠音の指定した待ち合わせ時刻まで、時間がない。
とりあえず、ショートメッセージだけでも入れておけば……
橋口はブツブツと文句を言いながら学校のバスロータリーに立っていた。
すると、大きなため息をついた。
先生が橋口のことを園芸委員だと勘違いしていて、延々と花壇の作りを手伝わされたのだ。
「お互い、もっと早く気づくべきだったんだケド」
周辺の街路灯が、ポツポツとつき始めている。
橋口はスマフォを見た。
遠音からメッセージが入っている。
「待ち合わせ?」
場所の住所が書いてある。そこはマンションの一室。
そして冴島のメッセージ。
『遠音の指定場所に行ってる。早く来て』
なんでこんな場所に一人で向かったのか。
橋口は『ヤバイ』と判断して知り合いの刑事である柴田に電話する。
繋がらない。
取り急ぎショートメッセージを入れると、バスを待たず、走ってK駅へ向かう。
麗子が危険な目に合うかもしれない。そう思い、橋口は立ち止まると、冴島にもメッセージを送った。
K駅についたあたりで、橋口は冴島へのメッセージを確認する。
既読にすらなってない。
何かあったのかもしれない。
橋口は焦りを感じながら、急いで電車へ乗り換えた。