残る疑惑
真島を狙ったその事件が解決した後、アリスと柴田は真島につながる証拠を探していた。
しかし、有力な情報を得られなかったことから、捜査は打ち切られてしまった。
二人は飲料水の自販機がある休憩室で座っていた。
柴田が言う。
「あの子たちに申し訳が立たないですね」
「真島があの調子で続けるなら、ベッケンで尻尾を出すわよ。それまでは我慢よ」
エナドリを飲み干すと、音を立てるようにテーブルに置いた。
「上下だけじゃない。絶対に教団と繋がっているはずだから」
「そうですね。今度こそ、きっと」
二人は席を立ち上がり、休憩室を出ていった。
橋口と冴島は永江除霊事務所で事件のレポートを書いていた。
「ああ、めんどい。AI使わせて欲しいんだケド」
「個人情報の流失になるからダメだって、さっき所長に言われたでしょ」
橋口は、人差し指一本で、垂直にキーを押していた。
「ちょっと前までは使って良かったんだケド」
「キーボード使うのが嫌なら、音声入力を使えばいいじゃない」
「音声入力は、いちいち『ケド』まで変換しやがるから、もっとイヤなんだケド」
橋口はむくれていた。
二人の様子を見に、所長がやってきた。
「二人とも、おつかれさま。もしレポートが長くなりそうなら、明日に回してもいいわよ。学校の勉強に差支えがあったら困るわ」
所長は、いつのものようにベッタリと整髪剤で撫で付けられた短い髪をしていた。
「でも、もうちょっとやっていきます」
「そういえば私も見たかったなぁ、三角縁神獣鏡」
そう言って、少しサングラスをずらす。
「所長は歴史に興味あるんですか?」
「歴史? 歴史には興味ないな。値段がつけられないほどのお宝って、どんなものなんだろう、そういう興味よ」
「古の霊力が溢れんばかりに放射されてたんだケド」
橋口が文字を探すためキーボードを必死に見つめながら、そう言った。
「霊力が放出されていた、で思い出したんですけど、所長。一つ、聞いてもいいですか?」
「いいわよ」
所長は近くの椅子を引いて座った。
「真島の姿が、完全霊体からは見えなかったんです。もしかして、霊体に見つからないための何があるんじゃないかと思って」
「話を聞いた限りだと、完全霊体からは見えなかったけど、トランプでやっつけた連中からは、真島が見えていたわけでしょう?」
そうだった。
だが、あれは完全霊体ではなく、人に憑いた霊った。だから見えたのかもしれない。
「浮遊している状態の霊からは見えないんじゃないでしょうか?」
「どちらにしても、何か持続的に効果があるお札のようなものなのか、薬のように一時的に効果を発揮して、消えてしまうものなのか。とにかく、教団の中に協力者がいるわね」
「真島の話をすると、腹が立ってくるんだケド!」
教団は真島の政党の支援団体だ。
関係があるのは間違いないだろう。
「教団ですか」
「あっ、言っておくけど、あなたたち。勝手に教団を調べたりしちゃダメよ。本当に案件があるなら、それに限ってはいいけど。あそこ、めちゃくちゃうるさいの。うちの事務所なんて、簡単に潰されちゃうんだから」
所長はそう言うと立ち上がった。
「とにかく。教団を調べるのは、私たち除霊事務所じゃできないから。そんな状況に陥ったら、基本的にアリスたち警察に任せるのよ。いい?」
「はい」
スッキリしなかったが、冴島はそう返事をした。
スーツを着た男は立ったままノートパソコンを手で持ち、画面を見せている。
身長は高く、肩幅もしっかりしていて、タフな印象を受ける。
画面を見せられている男は、ゆったりした椅子に、背中を預けて座っている。
椅子に座っている男は小さかった。
その為、体に合うサイズがないのか、あちこちダブダブとしたスウェットを羽織っている。
両方の目は垂れていて、しかも、今にも眠ってしまいそうなほど、瞼が下がっていた。
ノートPCの画面に表示されていた動画が止まる。
人の顔が映し出されていて、右下に小さな表があり、数値が並んでいた。
表の中で赤くなっている値は、分数表示されていたが、分母に対して、分子が半分以下だった。
「これが冴島?」
「冴島麗子という者です」
「数字が示している通り、伸びしろはありそうだ。さっさと教団に取り込むんだ。取り込めないなら、始末しろ」
スーツの男は頭を下げてから、ノートPCを閉じた。
そして部屋から出てたところで、声をかけられた。
「秋田に言って、さっさと取り掛れ」
スーツの男はスマフォを取り出すと、すぐに通話して指示を与える。
オートドアが閉まって、スーツの男の声も姿は遮断された。
静かになった部屋の中で、スウェットの男は椅子を回して、窓に向かった。
眼下に広がる都市の風景を見て、口元だけが笑うように歪んだ。
「真島には、もう少し働いてもらおうか」
真島はスマフォの通話を切ると、そのまま秘書の苑江に電話をかけた。
「ミサを呼んでくれ」
秘書は『呆れた』という雰囲気を出して言う。
『またしたくなったんですか?』
「いいから呼び出して、お前が車で連れていけ。場所は海辺の別荘だ」
『……教団の?』
真島は怒ったように声を荒げた。
「その言葉をやたらに口にするなと言ったろう」
『す、すみません…… 先生は今別荘ですか?』
「まだ都心にいるが、すぐ向かう。とにかく急げ」
真島はスマフォを切った。
そして下唇を噛みながら、作戦を考えた。
遠音ミサを使って、冴島麗子を捕まえる。
それが党の顔役から与えられた命題だった。
「麗子、早く来ないと、全部食べちゃうんだケド」
事件のレポートを書いている二人に、所長が差し入れのカステラをくれたので、冴島と橋口は休憩をとって、それを食べるところだった。
橋口がカステラを頬張っている横に、冴島が座ろうとした時だった。
「?」
なかなか座ろうとしない冴島に、橋口が声をかける。
「ねぇ、様子が変なんだケド」
「ちょっと寒気が」
橋口は冴島の様子をじっと見た。
そして、バラ鞭を取り出すと、素早く振り出した。
鞭の先端が、冴島の背中を捉える。
「痛っ!」
「これくらい我慢するんだケド」
橋口はバラ鞭の先端を一本一本調べている。
そして、一つの先端に生物の体液がついているのを見つけた。
「背中見せるんだケド」
橋口が回り込んで、冴島の背中を見る。
何も付いていない。
床を見るが、そこにも何もいない。
橋口は床に頭をつけるほど体勢を低くすると、椅子の下に一枚の小さな紙切れを見つけた。
「……」
「何それ?」
橋口は紙を丁寧に広げてみせた。
宗派や系統は不明だが、紙には呪文らしき文字がかかれている。
「式神を着けられていたんだケド」
「いつの間に!?」
完全霊体を倒した後、皆が安心していた時に違いない。
あの場の出来事を、誰かが観察していたのだ。
「そいつらの企みを『寒気』として感じたに違いないんだケド」
「……」
この件、まだ何かある。
そう感じた。
だが、今の二人には、それ以上の事を知る由もなかった。
終わり