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対決

 ラブホ街の道を塞いでいた見えない壁がなくなり、柴田と橋口は通りを進んでいた。

 冴島がいる建物が見えると、そこから出てくる一人の女性がいた。

 橋口は、見た瞬間、腕を伸ばし柴田を下がらせた。

「柴田さんは下がってるんだケド」

「何!?」

「あれが完全霊体なんだケド」

 女性は、並んでいる人の頭に触れた。

 触れた部分から、一瞬、霊光が放たれる。

 すると、触れられた者は卒倒してしまった。

 女性は次の人物の頭に触れる。

 同じように光を放つと、倒れてしまう。

「橋口くん。あの人たち、なんで倒れたの? まさか、死んでないよね!?」

「死んではいないと思うんだケド」

 橋口は建物から出てきたのが完全霊体だけであることが気に掛かった。

 と言うより冴島は何をしているのだろうか。

 まさか、そこで倒れた人間と同じように霊力を抜かれていたら……

 あるいは死んで……

 橋口は制服からバラ鞭を取り出した。

「!」

 完全霊体はバラ鞭に反応して、橋口の方を振り返る。

「お前は真島か?」

 橋口はその言葉に答えたら術中に落ちることを知っていた。

 だが、霊体が問うた相手が自分自身でないことに気づくのが遅れた。

 案の定、柴田は答える寸前だった。

 橋口は慌てて、柴田の口を手で塞いだ。

 そして耳打ちする。

「(あいつに返事しちゃだめなんだケド)」

 柴田は激しく頷いた。

「そうか、そいつが真島か」

 橋口は柴田を庇い、背中で押すようにして後退る。

 そして祈る。

 麗子、生きていて!

「返事をしなくとも()る方法はある。さっき習った方法でな」

 完全霊体は手を開いて水平に伸ばし、人差し指を柴田に向けた。

 人差し指の先端に、霊光が集まり、その光が大きくなる。

「!」

 まさか。

 橋口は思う。

 麗子から霊力を奪い、その時に『霊弾(れいだん)』の撃ち方を覚えたのではないか。

 つまり、麗子は死んで……

 首を横に振った。

 考えたら現実になりそうな気がする。

 そんな事考えるより先に、柴田を救わなければならない。

 バラ鞭を構える手に力が入る。

 霊弾は、霊力がどこまで集約されて放たれるかで威力が違う。

 この完全霊体が初めて撃つ霊弾がどこまでの力を発揮するか、橋口にも見当がつかない。

「真島、死ね!」

 霊体が放った霊弾が勢いよく橋口の方へ伸びてくる。

 橋口が、霊弾の先端に向けて、バラ鞭を振り込む。

 フサが広がり、手のひらで霊光をキャッチするように広がり、捉えた。

 そのまま振り切って、道に叩き落としたい。

 しかし、橋口の思惑に反して、後から後から伸びてくる霊光があり、バラ鞭が振り下ろせない。

 このまま真後ろに鞭が弾かれたら、霊弾が柴田刑事に当たってしまう。

 フサに細かく焼き込まれた呪文が光り始めた。

「やばい! 鞭の限界なんだケド」

 橋口は鞭に左手を添え、力ずくで振り下ろした。

 大きな光の塊が、道に叩きつけられ、更に強い光を放ち始めた。

 あっという間に周りの風景は、光に飲み込まれていく。




 光が消え、周囲に本来の暗さが戻った。

「かんなちゃん!?」

 バラ鞭を握りしめたまま、橋口は倒れていた。

 目を開けると、そこにはアリスがいた。

「大丈夫?」

「だ……」

 言ってから、体中に何か痛みがないかを考え直す。

「大丈夫なんだケド……」

「?」

「麗子がいないんだケド!?」

 倒れたまま、橋口はそう言って、アリスを腕を掴んだ。

 揺さぶられながら、アリスは答える。

「私も今来たところで、様子が分からないのよ」

「完全霊体だけが出てきて、麗子が」

「ほら、何ともないなら立ち上がって」

 アリスは橋口の腕を逆に掴んで、引っ張り上げた。

「ね、そこに光っている小さい女性が『完全霊体』よね」

 橋口は黙って頷く。

 女は、ベッドの上に腰掛けていた時と同じぐらいの大きさに戻ってしまっている。

 体の表面は、霊力を集めるために光っていた。

 力を使い果たしているのか、立ったまま目を伏せて、じっとしている。

 アリスは突然、ノートPCを開き画面と女を見比べた。

「うん、間違いない」

 橋口がノートPCの画面を覗き込むと、すぐ先で光っている絶世の美女と同じ顔つきの女性が、表示されている。

「誰なんだケド」

完全霊体(これ)原型(モデル)よ」

 アリスはノートPCを閉じるとバッグに入れて、道の端に置いた。

「さて。除霊、始めますか」

「小さくなってるケド、まだ大きな力が残って……」

「任せて」

 アリスはワンピースの裾を捲り上げると、太腿につけたホルスターから銃を取り出した。

「撃たないわよ。効かないから。これは念の為」

 誰に言い聞かせているのか、アリスはそう言った。

「あなたはもうこの世にいてはいけないの。この世を彷徨う必要はないのよ。あたりを漂う霊とは違うのだから」

 アリスは一歩、また一歩、女に近づいていく。

 目覚めるには霊力が足りないのか、女に気づく様子はない。

「あなたは教団で上下(かみしも)と知り合った。いや、というより見つけられたと言うところかしら。ある信者の家族として、上下と知り合った」

「……」

 女は目を閉じたまま、声のする方に顔を向けた。

「上下と出会ったのは、病室だった。あなたは、百万人に一人という難病に冒されていて、何年もの間、病院生活だったようね。だから、母親はあなたの治療や苦しみから救われようと、教団に入った」

 アリスと女の距離は、手を伸ばせば互いに触れることができる距離になっていた。

 アリスは立ち止まって、女の額に手を伸ばす。

「あなの名は(なぎ)太鳳(たお)。凪朱莉(あかり)の娘」

「……」

 女は怒った。

 女はアリスの手に噛みつかんばかりに口を大きく開ける。

 しかし、寸前で止まってしまい、噛みつけない。

「あなたは治らないならいっそ死にたかった。その気持ちを上下に利用された」

 アリスは額に手を触れた。

「上下はあなたから霊力を引き出した。死にそうになると上下は霊力を引き出すのをやめた。あなたの体は今みたいに、力強く霊力を回復しようとした」

 体の表面で光っている霊光が、アリスの手の方へ集まっていく。

「上下が十分霊力を集めた時、あなたは死んだ。上下が奪って、あなたの霊力の源となる生体エネルギーが尽きたことが原因だったけど、医者にわかるはずもなく、持病の悪化だと診断された」

 アリスの瞳から、涙がこぼれ落ちた。

「……そう。辛かったわね」

 アリスを通じて体から抜けていく霊力。

 抜けていく霊は、美しく清冽なまま、昇華していく。

 その霊力を通じて、アリスは生前の彼女の気持ちを知った。

 病気の辛さ、生きている地獄から救ってくれたとすら感じていた。

 だから、せめて上下の役に立ちたかった。

 死んだ上下の仇を討ちたかった。

 一方で、無関係な人を巻き込み、殺したことを悔やんでいた。

 だが、それは口に出さない。

 完全霊体の中では二つの力があった。

 清冽な霊力と、汚れて汚れた霊力。

 それは純粋で清冽な本当の彼女と、上下の言うことを聞かせるための汚れた彼女、と言ってもいい。

 今、アリスの力で霊力は二つに分かれていく。

 天に昇っていく光と、形を失うまいと、光ながら『もがく』体。

 しばらくして昇華した最後の光が、夜空に消える。

 アリスの足元には、膝をついた体だけが残っていた。




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