秘書からの連絡
有栖アリスは車に乗って、冴島達のいる現場に向かっていた。
車内でノートPCを利用して、調査を続けていた。
大きな電子音が響く。
アリスは無視して調査を続ける。
運転している警官が、たまらず後部座先に声をかける。
「電話出てください」
「うるさい、調査中なの!」
声が聞こえた訳ではないだろうが、アリスの携帯の音が止まった。
すると、今度は運転している警官の携帯が鳴る。
ナビに触れるとハンズフリーで通話する。
『そこアリスはいるか?』
「いらっしゃいます」
『これは聞こえているか?』
「ええ」
息を吸い込むような小さな音が聞こえる。
『アリス、いいから電話に出ろ! いいな』
「切れた」
車内の雰囲気を察したのか、運転している警察官は言葉を加え、言い直す。
「えっと、電話が切れました」
いった直後に、再びケタタマシイ着信音が車内に響く。
ノートPCを操作しながら、アリスは片手で着信操作する。
『アリス刑事か!? いいか、真島は大臣だ。政府の要人なんだよ。モタモタしないで早く対処するんだ』
若い声だ。
いきなり怒鳴り込んでこられて、アリスは頭に来た。
「あんた誰?」
『真島の秘書だ』
「状況を知らなのに適当に急かさないで」
『……なら、状況を聞かせろ!』
と、その声を聞かずに通話を切ってしまった。
アリスはずっと前から考えていた。
上下が完全霊体を作った方法についてだ。
どれくらいの時間をかけて作ったのか。
式神程度ならともかく、完全霊体を作れるとしたら、相当の能力を持っていことになる。
通常、霊力は自らの体に存在し、蓄えられる。それを外部に、霊力だけで固定化すると言うことは、困難を極めることだ。
アリスが対面した上下に、そんな力があるように思えなかったのだ。
ただ、私を利用して時をループさせたことなどを考えれば、上下のもつ知識量は豊富だと思われた。
そこで、アリスは自分の力で完全霊体を作ることを考えてみた。
まず問題なるのは素材となる霊力の調達だ。
人の体の外にある霊力は、不浄なものだ。
欲を使ってコントロールはしやすいが、希薄で、たくさん集める必要がある。
もう一つは、人の中にある清冽な霊力だ。
集まって存在する為、集めることは容易いが、御しにくいのだ。
まず、不浄な霊力を使って行うことを考える。
複数人で集まってやれば、出来なくはないかもしれない。
だが、最初から成人サイズの完全霊体をつくとすれば、何百人もの霊能者が必要だろう。
人数が少なければ、最初は小さい霊体を作って、それが自ら霊力を集めるようにすればいい。
ただ、その小さい霊体が、大きく育つには時間がかかる。
そこまで時間を掛けて準備をしていたのか、というと、そうは思えない。
それに、上下は群れて行動するタイプではなさそうだ。
とすると単独で完全霊体を作る方法をとったと考えられる。
単独で、しかも早くあの成人サイズの完全霊体を作る方法。
やるとすれば……
清冽な霊力を使う方法だ。
つまり、必然的に生きた人間を使うことになる。
それは、つまり犯罪だ。
人を殺していることになるからだ。
生きた人間の霊力を引き出し続け、霊体として固定化する。
人の回復力を使って霊力を奪い続ければ、浮遊している霊力よりずっと効率的に、短時間で集めることが出来る。
だが、そうやって霊力を引き出され続けた人間は、最終的に死ぬ。本人の体の外に、もう一人、人の形を作り出すまで、力を奪い取られるのだから、本人は生きていようがない。
それならば殺さないようにと、複数人から霊力を引き出そうと考える。だが、これが一つの霊体としてまとまらない。
血液型が合わないと拒絶してしまうように、清冽な霊力の間で拒絶が起こる。
血液型のように数種であればいいが、霊力は一人一人違うと言ってもいい。不浄な、汚れた力を使用すれば、出来るかもしれないが、集めるのに時間が掛かることは変わらない。
そう考えると、やはり一人から引き出し続けたに違いない。
上下も、その人の霊力を完全霊体が出来上がるまで引き出して、殺してしまったのだろう。
もしそうだとしたら、行方不明や、監禁事件、殺人事件になっているはず。
一般の、身寄りのある人間ならそうだろう。
だが、被害者が、路上生活者なら?
長期間、そこに戻ってこなくても、そのまま死んでも、誰も騒がない。
完全霊体のベースにするには、非常に都合がいい人間だ。
ただ、路上生活者は一般的には男性が多いことから考えると、佐々木の証言と結びつかない…… 完全霊体は女性だからだ。
それに、あまり人と関わらない上下が、路上生活者に声をかけるとも思えない。
路上生活者のように、監禁状態でも問題にならないような人間から、霊力を奪った。
そう考えるしかない。
上下の秘書や愛人がそうであるように、その人物はおそらく教団関係者に違いない。
アリスは改めてノートPCの画面を見直した。
「これだ…… 間違いない」
そこにはある人物のプロフィールが表示されていた。