光る女
冴島と橋口は、崩壊した街中をスマフォの灯りを頼りに歩いていた。
橋口は、ポケットからマスクを取り出してつけた。
「持っておいてよかったんだケド」
冴島も、橋口からマスクを受け取ってつけた。
「さっき、女性警官を突き飛ばした男、『真島』だったよね」
「正直、ちゃんと見れてなかったけど、完全霊体がこの空間を閉じたってことは、この中にいるのは間違いないんだケド」
冴島は頷いて、そして考えた。
完全霊体は、自分の撃った霊弾を受けていた。
自分の全力に、橋口の胸を通じて得た霊力も込めている。
あの力を使っても浄化、昇華しないということは、完全霊体は二人の力を足した力より強い霊力を持っていることになる。
「時間稼ぎぐらいには、なってるかな?」
橋口は冴島の顔を振り向く。
「あんな暴走しておいて、ただ街を壊しただけなんて言えないんだケド」
冴島は両手の指で額を抑え、俯いた。
「うー、ごめんよう」
橋口は冴島の肩を叩く。
「何もしなかったら『真島』は殺されてたから、何か行動しないといけなかったのは確かなんだケド」
「!」
舞っている埃が、正面の見えない何かに衝突し、流れが変わっているのが見えた。
「端だ。閉じた空間の端についたんだわ」
「さっきいたところが爆心地だとして、かなり広い空間が閉じてることになるんだケド」
「外の音が聞こえない。埃が行き来しないということは、空気も閉じ込められているのかな」
空気が行き来しないなら、いずれ窒息してしまう。
車のエンジンとか、酸素を激しく消耗するものがあったら、さらに時間が早くなくだろう。
仕切っている見えない壁に触れていいのか、分からないまま手を近づけてみる。
近づけても熱は感じない。
ただ、壁に触るのは躊躇われた。怪我をしてからでは遅いからだ。
「ちょっとまって!? この閉じた壁が、地下にも伸びているとしたら、地下鉄ぶち壊れてるんだケド」
地表を中心に、球形に壁が出来て空間が閉じたとすれば、上空と同じだけの距離、地下にも壁が伸びるはずだ。橋口の言う通り、壁が壊れないと言うことは地下鉄や車のバイパスが通っていたら大惨事になっている。
地下鉄やバイパスでなくとも、この壁で体が切り裂かれた人がいるかもしれない。
「とにかく、早く決着をつけなきゃ」
「けど、ここに壁があったら、他の道には建物の中を抜ける以外に行く方法がないんだケド」
「建物の中に人はいなかったのかしら」
橋口は目を閉じて首を傾げる。
「……そう考えれば、建物に人がいた場合、騒ぎ声とか、聞こえてもいいはずなんだケド」
冴島も橋口の言葉を聞いて考える。
人がいたら、この光や振動で建物から出てくるだろう。
霊弾の爆発後は、この街で動くものは自分と自分の霊体、それと橋口しかいない。
「周囲から人がいなくなったのかも」
「じゃあ、なんで麗子と私がここに残ったのか、理屈が合わないんだケド」
「あの爆発時、近くにいたはずの女性警官を探しましょう」
二人は通りを戻った。
冴島が倒れていたところを見つけると、周囲を探して、女性警官がいないか探す。
どこを見ても、瓦礫をひっくり返しても、何も見つからない。
「そんなに遠くに行ったはずないのに」
「遠音もいないんだケド」
その時、塀の上にキツネが現れた。
冴島の中にいたキツネの霊だ。
『人なら、あっちの端に大勢集まっている』
そう言って鼻先を通りの逆側に向けた。
『あと、脱出方法はまだ見つかってない』
「……」
冴島は考える。
この地域にいた人間が、そこに集められたとでも言うのか?
目的の『真島』を炙り出すために。
「かんな、急ごう」
二人は通りの反対端に急いだ。
しばらくすると、人溜まりを見つけた。
上半身裸だったり、バスローブしか着ていない者、肌着しか身につけていない人もいた。
当然だが、普通にスーツや、普段着を着ている者もいる。
「ラブホでいたしていた人がそのままここに出てきてるってこと?」
「そうじゃなければ、相当な露出狂ってことになるんだケド」
近づいていくと、人溜まりは、ただバラバラにそこに立っているのではないことがわかった。
何か、ゆっくりとした流れがある。
「真島を探さないと」
人と人の間をすり抜けながら、二人は顔を確認する。
人溜まりの様子を見ている内、流れがどこに向かっているのか、わかった。
「かんな、この人たち、最終的にあの建物に入っていくんだわ」
建物は、通りに面した位置に立っているラブホだった。
壁面はボロボロだったが、入り口は壊れていなかった。
人溜まりの中に私服の女性警官を見つけた。
ちょうど、その女性警官が問題の建物に入っていく。
「ちょっとどいてください!」
冴島は人々を掻き分けながら、建物へ向かう。
橋口も、冴島を追うように人を掻き分けていく。
そして、人に触れるとそ状況から推察した。
「この人たち『命令』が入っているんだケド」
「そうよ。つまり、この奥に完全霊体がいるってこと!」
「待って麗子、今、霊弾撃てる状態じゃないでしょ? だとしたら、無謀すぎるんだケド」
「けど、ここに真島はいない。建物の中だとしたら、急がないと!」
オートドアにも、建物内も停電してしている為、人が並んでいるだけで、何も見えない。
暗い中、廊下を進んでいく。
無人チェックイン機の更に奥から、光が漏れている。
真島がいないか、探しながら光の方へ進んでいく。
後ろから橋口の声がする。
「電気通ってるんだケド」
冴島は立ち止まり、腕を伸ばして橋口を止める。
「違う、これは……」
部屋の扉が開いている。
そこから光は漏れ出ていた。
ゆっくりと戸口から覗き込む。
ベッドの上に腰掛け、足を組んでいる女を見つけた。
九頭身のまま、身長が一メートル二十ぐらいに縮まった美女は、そこで青白い光を放っていた。
さっき出会った時、完全霊体の体は光っていなかった。
冴島はその様子をじっくりと見つめる。
光っているのではなく、体表面付近で『霊光』が発生しているのだ、と考えた。
霊弾を撃つ時、指先で光が発生するのと同じことだ。
完全霊体である彼女の体表に、霊力が集まっているという事は、小さくなった体を自己修復している、というところだろう。
彼女は目の前に立った女性に問いかける。
「お前は真島か?」
女性はゆっくり答える。
「いいえ」
「ならば出ていけ」
完全霊体に命じられると、フラフラと肩を揺らしながら女性は向きを変え、部屋を出ていく。
代わり、後ろに立っていた裸の男性が完全霊体の前に進み出る。
こうやって一人一人、確認しているのか。
冴島は部屋の中をさらに確認した。
「!」
すると、床に足を伸ばし、背中を壁につけ、寝ている男性を見つけた。
髪は下ろしているが、選挙ポスターと同じ顔。
真島だった。
その隣に、同じような格好で寝ている遠音ミサも見つけた。
完全霊体はそれが真島だと気づいているのだろうか。
もし気づいていたら、真島を探してはいないだろう。
理由は分からないが、真島は完全霊体から見えないとしか考えられない。
「?」
冴島は彼女の視線を察知した。
気付かれる。
そう思った瞬間、冴島は顔を引っ込めた。