暴走
「遠音ミサなんだケド」
橋口も腕を上げ、指を差した。
「何!? 何なんなの?」
私服の女性警官は、三人の顔を代る代る見ている。
突然、女性警官は突き飛ばされ、膝をついてしまった。
「痛っ!」
突き飛ばした男は、謝りもせず四人の真ん中を抜け、走っていく。
「ちょっと、今の!」
冴島は気づいた様子だった。
橋口は、突き飛ばされた警官の背後からの気配を感じた。
「麗子! それより、こっちなんだケド!」
二人は向かってくる女性を見た。
隙のない、左右対称の顔。
現代的な美人とされる女性の姿を実体化したようだった。
走って、何かを追いかけている。
近付いてきた瞬間に、絶世の美女が霊体であることに気づいた。
二人の視線が逸れたことに乗じ、遠音が逃げる。
「あっ、待てっ!」
「麗子、霊体が優先なんだケド!」
橋口はバラ鞭を構えた。
「そうね」
冴島は右手をまっすぐ伸ばし、人差し指を伸ばして狙いをつけた。
「九字を切る時間はなさそうね」
指先に光が集まってくる。
「麗子、こんな場所で霊弾撃って、大丈夫?」
「外さなければ問題ない」
「いや、外した時のこと言ってんだケド」
「その時はその時。……じゃない?」
橋口は冴島の顔を見る。
真剣な表情の中、口元だけが微かに笑っている。
この状況は『ギリギリ』なのだ、と橋口は感じ取った。
走っていた美女は立ち止まった。
「除霊士か。邪魔するな」
女性警官は何も言わず、道の端に避けてしまう。
「完全霊体の声、命令が混じってるんだケド」
「これが上下が作り上げた完全霊体なのね」
「聞こえんのか!」
ただ声を発しているだけなのに、かかる霊圧が高い。
冴島は負けじと強気に発言する。
「あんただって、これを受けてまともに立っていられるかしら?」
「相手にならん」
「かんな!」
冴島は橋口の胸に、左手を当てた。
すると、指先に集まる光が、急激に速く、そして、大きくなった。
「いけっ!」
冴島の指を離れた光の弾は、一直線の軌跡を描き、絶世の美女へと向かう。
一瞬、美女の表情が鬼のように歪んだ。
辺りに強い光が広がり、何もかも光の中に消えて見えなくなっていく。
「麗子、外したの!?」
「当たってる、当たってるんだけど……」
空気が振動し始めている。
大地も揺れている。
広がる光は、ラブホ街を包み込んだ。
空気と大地の振動で、周辺一帯の建造物が、弱い部分から崩れていく。
建物の壁が砕けた音を聞くと、冴島は橋口を庇うように覆い被さった。
「危ない!」
光が消え去り、振動が収まった。
霊弾の影響があったこの一帯は、停電しており、闇が包み込んでいた。
倒れていた橋口は立ち上がった。
「麗子! ねぇ、ここ真っ暗なんだケド」
声が返ってこない。
橋口はスマフォのライトをつける。
光で照らすと、風景が一変していた。
建物を囲っていた塀が崩れ、建物は崩壊はしていないものの、外壁が削れてコンクリート片が広がっていた。
まだ細かい粉塵が空間に舞っている。
美女の霊体がいない。
いや、そうじゃない。それより優先するべきことがある。
橋口は改めて状況を思い出した。
「麗子!」
思わず大きく息を吸ってしまい、咳き込む。
「麗子、どこ!」
すぐ近くの瓦礫の膨らみが、反応したように動く。
橋口は動く場所見つけると、砕けたコンクリートや木の切れ端などを退けた。
「麗子! 麗子!」
橋口を庇って瓦礫の下敷きになったのだ。
スマフォを動かして、全体を確認する。
照らし出された冴島の姿は、埃まみれだったが、怪我はないようだった。
「!?」
橋口が気配を感じ、見上げると建物の非常階段の上に、キツネの姿をした霊が見えた。
「麗子の曼荼羅に入ったキツネなんだケド」
『この娘を守ることも、俺の使命だからな』
「麗子は無事なの?」
キツネは頷いた。
橋口は涙が込み上げてきた。
「ありがとう。本当にありがとうなんだケド」
『礼などはいい。ただ、ちょっと厄介なことになったぞ』
「なんのことなんだケド」
狐は、空を見上げる。
『ほら、舞い上がった埃の動きを見てみろ。スノードームのそれのように見えるだろう。周辺一帯が球状に隔離されたのさ。さっきの霊体の仕業だ。どうしても、逃したくないヤツがいるんだろうな』
舞い上がった埃が、何かにぶつかって巻き込むような動きを続けている。
空に見えない壁があるかのようだ。
「真島を私たちが先に見つけないと」
声に驚き、視線を地上に戻すと、冴島が立っていた。
立ち上がると、手で制服についた埃を払い始めた。
「麗子!? 体、大丈夫なんだケド」
「キツネさんのおかげで、無事だったわ」
『お前の身体を抜け出たついでに、この隔離された空間を破れないか調べてくる』
「お願いするわ」
非常階段の上にいたキツネは、跳躍して隣の建物の屋上へ、さらにスピードをあげ、さらに遠くの建物への飛ぶように去っていった。