捜査協力
坂神と上下が殺されてから数日経ったある日。
冴島と橋口は、永江所長に呼ばれていた。
二人がTヒルズの事務所に入るなり、永江所長は二人を外に連れ出した。
「早速だけど、今すぐ警視庁に行きます」
「どんな案件なのか、少しでも教えて欲しいんだケド?」
「テレビでも、ネットでも、ニュースになっているでしょ? ラブホ街で変死体の話」
それを聞くと、橋口は体が震えた。
横にいる冴島が特に動揺を見せなかった事に気づき、言う。
「麗子、知ってたみたいなんだケド」
「知らないわ」
「じゃあ、なんで驚きもしないんだケド」
「うーん。ある意味知っていたのかも。私、ネットで見た『変死体』の様子をみて、これは霊的な事件で、きっとどこかの除霊事務所に依頼がくるな、と思ってたの」
冴島はネットで見た死体の顔を思い出していた。
顔の筋肉が、一部は激しく緊張、一部は極端に弛緩し、結果として異常に歪んだ表情を作り出していた。
「遺体の顔『ムンクの叫び』どころではなかった」
永江所長がいう。
「そんな映像、ネットに出ちゃってたのね。警察からは死因が不自然な心臓発作としか」
「この件は、有栖さんの担当ですか?」
「そうよ。私も費用面の調整があるから一緒に警視庁まで行くわ」
三人はタクシーに乗ると、警視庁に向かった。
警視庁につくと、三人は霊能課に案内された。
所長は霊能課の課長と、いきなりギャラの件で話し始める。
「危険手当が少なすぎるんです。若い二人の将来性を考えるとこの金額では……」
アリスはいつものブルーのワンピースに白いエプロンという格好で、机に向かっていた。
冴島と橋口に気がつくと、手を上げ、立ち上がった。
「柴田が会議室をとっているから、そこで話そうか」
二人はアリスについて会議室へと入った。
中では柴田刑事が資料を用意していた。
「お二人とも、久しぶり」
「坂神の件以来ですね」
「ああ、そうだったね……」
明らかに声のトーンが落ちたので、橋口が訊ねる。
「柴田刑事、様子が変なんだケド?」
アリスは音を立てながら椅子に座ると、足を組んだ。
「坂神は殺害されたわ」
「え?」
冴島は驚いた声を出した。
アリスは淡々と説明を続ける。
「ついでに、保険金殺人の件で追っていた上下も同じように殺された」
「上下って、あの『時のループ』の中で追っていた容疑者ですよね」
アリスは頷く。
「上下は今回の事件にも関係している」
「それ、本人が亡くなった事と矛盾するんだケド」
「カンケイしているだけよ」
橋口は手を広げ、肩をすくめる。
柴田が、机に置いた神を各々の手もとへ押しやった。
「まずはこの資料をみて」
そこには丸が四つ書かれ、一つは丸にバツが重なっている。
また、それぞれから互いに矢印が伸びて関係性が書かれている。
一つが『上下』であり、その横に書かれた一人は『スナイパー』と書かれていた。
上下と繋がるもう一人は『完全霊体』と書かれている。
「完全霊体!?」
完全霊体と書かれた丸からは、上下から一番通り存在に対して赤い矢印が伸びている。
柴田は全員の顔を見回してから、話し始める。
「今回の件は、都内のラブホ街で連続して変死体が上がっている事件だ、というところはいいかな?」
冴島と橋口は頷く。
アリスは目を閉じ、黙っている。
「変死体と言ってもどういう変死なのかは、省略するよ」
「不自然な心臓発作で死んでいると聞いたんだケド」
「まあ、簡単にいうとそうだね。心停止して倒れた時についたと思われる外傷くらいしかなく、どうして死んだのか全くわからない状況だ。なので、霊能課に回ってきた」
「この完全霊体がやったと推測しているんですね」
冴島の言葉に、柴田は頷く。
「そう。触れずに殺せるわけだし、霊の仕業だと考えている」
「柴田、事件の話をしないと」
アリスに言われ、柴田は紙を見せながら言う。
「この関係図にあるように、上下が作り出した霊体が上下殺害の『復讐』をしようとしているんだ。自身を殺せと命じた、この人物に」
そう言って紙の中の、左上の丸を叩いた。
「殺害現場から辛うじて生き残ってきた人間から話を聞くことができた」
柴田はそういうと、パソコンを操作して録音した声を再生した。
『名前ははっきり覚えていないんですが、名前を呼んだんです。あいつは、自分の名前じゃないのに、返事をして振り返ってしまった。そしたら、いきなり『もがき』始めて……』
「どういう事なんですか?」
「これ以外のものも合わせて考えると、完全霊体が通りかかる人を呼び止めていみたいね。そして振り返った者を呪い殺している」
次の資料に切り替える。
それは亡くなった場所、日時が入った名簿だった。
「なにこれ、苗字に『真島』って入っている」
「違う名前の人もいるんだケド」
「真島じゃない人は、さっきの音声であったみたいに、聞き間違えて、振り返ってしまったたみたいです」
「……」
完全霊体が、辻斬りのような事をしている。
ひたすら歩き回って『真島』と判断した瞬間に殺しているのだ。
「よっぽど『真島』を警戒しているみたいね」
「じゃなきゃ、本当に狙いたい『真島』という人物の事、何も知らないのかも」
完全霊体の姿が、人間と見分けが付かなかったとしても、霊体であり、知性があまり高くないことが想定される。どの真島を倒せば上下の恨みが晴れるのか、わからないで無差別にやっている可能性がある。
「なんで『真島』という名前を」
「ここからは推測よ」
アリスは続ける。
「完全霊体が起こした事件の中で、浮かび上がった人物に真島光彦という国会議員がいるの。真島は上下と関係があった。だが上下が捕まると、真島は関係が公になる前に殺し屋を雇って上下を殺害した。先入観を持たないで欲しいから繰り返すけど、あくまで推測ね」
冴島は資料を眺めながら言う。
「ラブホ街で殺されているのには、何か意味があるのかしら?」
「霊体なんだから、人の欲望に反応して、ラブホ街に自然と惹きつけられる可能性あるんだケド」
橋口の言うことにも一理ある。ただ、人の欲望に反応するなら、例えば日中のオフィス街とか、単純に人口密度の高い場所に現れてもおかしくない。何か別の理由がありそうだ。
「そうなのかな」
「麗子、反論があるなら理由を言うんだケド」
「ごめん、なんとなく。なんだ」
言いながらすまなさそうに俯いた。
「かんなちゃん、私も、なんとなくだけど違う気がするよ」
「あれ?」
冴島が気づいたように声を上げる。
「上下と坂神が同じ日に、同じように殺されているんですね。と言うことは、同じ人に命令されたのでは?」
「確かに同じように遠距離からスナイパーライフルで殺されているけど」
「坂神と真島の繋がりは調べてます?」
「!」
柴田は何か思いついたように、資料の紙を叩いた。
「今まで調べた中では『真島光彦』まで繋がりは分かって無いですが、もう一度、調べてみましょう」