教団への聞き込み【再】
H署に警視庁霊能警察局霊能課の柴田刑事が呼び出されていた。
坂神がH署の喫煙所で射殺されたからだった。
「ここで!?」
「資料は送ったはずだが、見てないのか?」
柴田は喫煙所と名付けられたベランダを見回す。
飛び降りれないように窓側には金網が掛かっているが、網になっている金属自体は、かなり細いものだ。
それに網目と言っても大胆に荒く、長射程のライフルなら狙い易いだろう。
次に外を眺め、周りの建物を確認した。
「どこから撃たれたんだろう」
「ああ、それか。ここが見える場所は、隣の企業のビルと、右側のマンション二つ。隣の企業が入っているビルは、屋上以外窓が開かない。そしてその屋上はベランダに比較して高すぎる。二つのマンションの十二階ぐらいから上、で間違いないだろうな。解剖の結果で弾が体に入った角度について結果が出ないと、詳細はわからないが」
「こっちの低層ビルの屋上からということは?」
「無理だな。隣の会社と同じで、近隣だと角度がつき過ぎて顔が確認出来ない。見える建物からだとすると距離が遠すぎる」
なるほど、と柴田は考える。
角度がない場所から撃つということはターゲットを認識しないで撃つということだ。
警察に恨みを持った者が無作為に殺そうとするなら、わざわざこの場所を狙う必要はないだろう。正面口や通用口を見ていればいくらでも警察関係者が出入りしている。
つまり、明らかに坂神を狙った犯行なのだ。
「犯行時刻で周辺で不審者の目撃情報を調べた際、マンション近くで犬の散歩していた女性が、ゴルフバッグを抱えた男を目撃したという情報があった。普段と違って妙に犬が吠えたので、これは、と思ったそうだ」
「硝煙とか、そういった匂い?」
「おそらくな。男はタクシーに乗って、ホテルのあるビルに行っている」
柴田は資料の中の、重要なポイントを思い出した。
「そう言えば、部長が無理やりタバコを渡してここで吸わせたって聞いたぞ。外から狙い易いここに誘導したなら、部長が殺人幇助したって事にならないか」
「それがだな。本人は全く覚えがないと……」
「いや、証言した移送をしてきた連中が覚えているだろう」
一課の刑事は首を横に振る。
「連中も、最初はそう言ってたんだが、段々曖昧になってきていて」
「いったいどうなってるんだ」
「俺が聞きたいくらいだ」
有栖アリスは、柴田と同様、一課の者と一緒に地下の駐車場に来ていた。
アリスはスマフォのアプリを起動し、スマフォの画面を通じて現場を見る。
「ここで倒れていたのね」
「はい」
「犯行時刻は、H署で坂神が撃たれてから一時間も経っていない」
一課の男は面倒くさそうに言う。
「そちらに書いてある通り、H署近辺でゴルフバッグを持った乗客を乗せ、ここのエントランスで降ろしています。建物側の監視カメラにはエントランスに入ってくる様子は映っていませんので、そのまま地下駐車場に降りてきたのだと思われます」
「じゃあ、ここに書いてないことを聞こうかしら。どうして上下は保釈されたの?」
「そもそも心霊系の容疑なので、殺人とかそういう容疑とは違って保釈金を払えば……」
「ああ、もういい」
アリスはそれ以上、一課の男に喋らせたくなかった。
誰の差金で、誰が金を、そして手を回して保釈させたか。そこの調べはついていないのか。遺体を隠すとか、そう言った時間すら惜しいほど早く始末する必要があったということだ。行政側に手を回せる人間でなければ、こんなに早く保釈されないだろう。
アリスはアプリのARを見ながら、上下が倒れていたあたりで膝をついた。
死体も確認していたが、すでに様々な霊体が行き来してしまい、死体からは当時の様子は分からなかった。手がかりとなる霊痕あるとすれば、死ぬ時にいたこの『場所』なのだ。
瞼を閉じ、手は開いて、石を敷いた床にそっと手を置く。
流れ込む風景が見えてくる。
その中で、強い恨みが繰り返し入ってくる。
これが上下の残したものだ、とアリスは思う。
『何かあっても守ってくれるという約束だったはずだ』
『許さない。霊能者をモノのように扱うお前を、呪ってやる』
誰だ。
上下が呪う相手は誰だ。
どうやって恨む。もっと教えてくれ。
「アリスさん、通行の邪魔です。少しどいてください」
「うるさい! 集中しているときなのに!」
有栖の代わりに、一課の男が地下駐車場の利用客に頭を下げる。
嫌味ったらしく一課の男が言う。
「これだから霊能課と来るのはイヤなんだ」
アリスは叫ぶ。
「静かにしろ!」
ダメだ、肝心なところが見えない。
様々な人に踏みつけられたせいか、霊痕が消えてしまっているのだ。
アリスは目を開き立ち上がった。
どこを見る訳でもなく、ぼんやりと前を見て考える。
アリスは上下の件を最初から思い出した。
保険金殺人と思われる事件を調べていた。
そこで浮かび上がったのは、完全霊体を使った上下の手口だった。
「そうだ、完全霊体」
秘書は人間だった。
愛人には『陰鬼』を降霊していた。
だが、上下の作り出した完全霊体はまだ見つかっていない。
事務所の資料にも何も残っていなかった。
もし上下が恨みを晴らすとしたら、自らが作り出した完全霊体に託すだろう。
間違いない。
アリスは柴田に電話して教団へ行く話をつけた。
柴田とアリスは、教団の渉外係の佐々木を連れ出して、上層階のカフェに来ていた。
テーブルにはノイズキャンセリングシステムが装備されていて、周りのテーブルに話が漏れる事はない。
教団の渉外係、佐々木は困ったような表情で二人をかわるがわる見た。
「また上下の件ですか?」
「知っていることを、限界まで教えて欲しいの」
「そんなことを言われましても……」
知らないものは知らない、と言いたかったが、言葉を飲んだ。
柴田が口を開く。
「佐々木さんに伝えているか知らないですが、上下は殺されてしまったんです。少しでも手がかりが欲しいんです」
「殺された!?」
「そうよ。あなたには関係ないかもしれないけれど、早く犯人を捕まえないと、死体が増えていく」
柴田はタブレットを出して、佐々木の方へ向けてテーブルに置いた。
「上下の映像です。何か思い出す助けになれば」
「!」
映像を見て、佐々木に明らかな反応があった。
アリスは身を乗り出す。
「何、今思ったことを言って」
「えっと……」
逆に柴田は一歩引いたように冷静だった。
「慌てないでいいですよ。あと、くだらないと思っても、思った事を言ってみてください。些細なことでも役に立つことがありますから」
佐々木は顎に指をつけて、少し首を傾げた。
「上下が教団に出入りしていた時……」
上下が教団のに出入りしていた頃なら、すでにバスの事故があった後だ、とアリスは思った。
「ものすごく綺麗な女性を連れていた」
アリスは素早く柴田のタブレットを操作して、上下の秘書の映像を出す。
「この女性?」
佐々木は首を横に振る。
さらに画面を切り替え『隂鬼』が憑いていた愛人の画像を表示させた。
「違います」
タブレットの方を目で追いながら、言葉を追加した。
「けど、その二人も教団の人間ですよね? 記憶がありますよ」
「上下も手近な人物に手をつけているのね。それはそれで後で情報頂戴」
佐々木は頷く。
「名前とか、何か手がかりは覚えていないですか?」
柴田が言うと、佐々木は何度か首を捻ったのち、口を開いた。
「ナギサ? だったかな…… ナギまでは確実…… いや『ナ』から始まるのは確実だと」
「秘書は斉藤みゆき、愛人は山根三美だから、二人とは違うのは分かった」
柴田はメモに『ナギサ?』と記した。
「ちなみに、なんで記憶していたのかしら?」
「とにかく現実離れして綺麗だったんです。飲食店でたまたま芸能人に会った時や、通りを歩いていて有名モデルとすれ違った時にもそんなに感じなかったのに」
「……」
「もしかしたら、それ完全霊体かもね」