二人の保釈
国会開催期間中の国会議事堂。
議員席に座っている真島光彦は、見えないよう机の下で、持ち込んだスマフォを操作していた。
画面では秘書の苑江晃との、メッセージのやり取りが表示されている。
『坂神の件は終わったか?』
『弁護士に伝えて、保釈を申請しているところです』
『警視庁に直接働きかけて処理できないのか』
『あいにくその手の処理は苦手で』
『とにかく早くしろ』
真島は苛立ち気味にスマフォの画面を消す。
左の席は空いていて、さらにその隣に座っている保守党の議員が声をかけてきた。
「どうした? 何かあったか」
真島が顔を向けたが、その議員はまっすぐ前を向いたままだった。
「大したことでは」
「顔に焦りが出ているぞ。経験上、そういう場合、よく失敗する。党全体に影響が出ないうちに処理しろ」
真島は左に少し身体を動かし、隣の議員に耳打ちする。
「……」
胸から手帳と万年筆を出し、簡単に走り書きすると、そのページを切って真島に渡す。
真島はそれを確認して無造作にポケットに突っ込むと、立ち上がって議場を走って出ていく。
真島に紙を書いて渡した議員は、真島の名札を静かに倒した。
夜、散歩に連れて出た犬がいた。
道の向かいからくるゴルフバックを持った男に向かって、吠えた。
帽子を目深に被り直し、マスクを確認するように手で触れた。
飼い主は小さい声で謝る「驚かせて、すみません。ほら、チョコちゃん吠えないの」と。
犬は吠え続けている。
男は避けるように道を選び直す。
そして軽く手をあげると、去っていった。
男は、大通りに出ると手を上げてタクシーを止める。
「お客さん。ゴルフバッグ、トランクに入れますか?」
「いや、すぐ降りるし座席に置く」
乗り込んだタクシーが走り出すと、対向車線を走る救急車とすれ違う。
行き先はホテルが入っているビルだった。
下に駐車場、低層階が飲食店、真ん中はオフィス、最上階付近がホテルになっている複合型の商業ビルだ。
男は、一階でタクシーを降りる。
そのままビルの側を向いてスマフォを開いた。
タクシーはそのまま記録をして走り去っていった。
男はビルに入らず、階下へ階段を使って降りていく。
風景に溶けかのように静かに、自然に。
男がホテルのあるビルの地下に向かった二時間ほど前。
坂神は柴田に逮捕された為、警視庁に留置されていた。
「おい、坂神。起きろ」
「……」
警察官に起こされると、坂神は手錠をされた。
「これからH署へ移送する」
留置場が開けられ、坂神は警察官と共に護送車に乗る。
移送され、引き渡されるとスーツの警官が出て来てきて言った。
「お前が坂神だな?」
坂神は無言で頷くと、スーツの男から押し付けるようにしてタバコを渡される。
「吸うらしいじゃないか。俺も吸うから、気持ちはわかるぞ。ほら、一本でも二本でも吸ってこい」
「部長、勝手なことは止めてください」
「大丈夫だって、ベランダとは言え飛び降り出来ないようになってる」
制服の警官は諦めたような表情をして喫煙場所を確認する。
「今なら大丈夫です」
制服の警官が、坂神を喫煙場所に入れた。
「二分もあれば良いだろう。吸い切らなくても、それでお終いだ」
制服の警官は飛び降り防止用に張られた細い金網を確認して、そのまま喫煙所を出てしまった。
「臭い。扉の取手までヤニが染み込んでいるみたいだ」
「そういや、お前、タバコ苦手だったな」
「あれ、部長は?」
制服の警官は部長を探すが、どこにもいない。
「まあ、良いか」
「喫煙しに来る奴は入れるなよ」
「わかってるって」
しばらく、制服の警官二人は喫煙所を見ていた。
出入りする者はいない。
時計を見て、二分が過ぎていることを確認すると、タバコの苦手な警官が喫煙室に入る。
「!」
慌てて喫煙室を出てくる。
「容疑者が倒れてる。救急車を呼んでくれ!」
「なんだって!」
上下十二は保釈された。
弁護士と共に地下の駐車場へとやってきた。
「ここの最上階にホテルを取ってある。降りてそこで待っていてくれ」
弁護士は上下を車から下ろすと、車を止めに去っていってしまう。
「……」
なぜ自分が保釈されたのか、上下はずっと考えていた。
一つあるとすれば……
そこまで考えて、今の状況を改めて考え直す。
ここは地下の駐車場。
駐車している車はあるものの、人の気配が全くない。
都心なのにこんなに人気がない場所があるのか、と思うほどに。
俺は、殺される。
上下はそう直感した。
瞼を閉じ、手の平を合わせて指を組み、念じる。
「俺を殺せと命じた男に復讐を……」
言い終わる前、駐車場に炸裂音が響く。
様々に音が反響してどこから聞こえてきたのか、分からない。
ただ、その着地点はわかっている。
弾は、上下の頭に撃ち込まれていた。
表情が固まったまま、彼は仰向けに倒れる。
しばらくすると、車を止めて歩いてやってきた弁護士が、倒れている上下を発見した。
「そんな……」
弁護士は慌てて救急車を呼んだ。