表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/31

置き土産

 冴島と橋口は空港で帰りの便を待っていた。

 二人は準備している飛行機を正面に見ながら、並んで座っている。

「……すごかったね」

 橋口は頷く。

「あの鏡、炭素測定なんかしなくとも、一瞬で(いにしえ)の三角縁神獣鏡だと分かるんだケド」

 冴島は、三角縁神獣鏡の市場価値について言いたかったのだが、鏡は確かに見ただけで古代のものだとわかるオーラを纏っていた。

 殿下は彼女に流れる血によってその『神獣鏡』の能力を引き出している。

 彼女にとって霊能は血が勝手にもたらした力であり、鍛えたり、磨いたり、取り込むようなものではない。

「緊張感半端なかった」

 言いながら、冴島は手で顔に風を送る。

 一方、橋口はスーツが苦しいのか、上着のボタンを外した。

 大きな胸でシャツもパンパンになっていた。

 それを見て、冴島は言う。

「ねぇ、また大きくなった?」

「太ったって聞こえるから言い方考えて欲しいんだケド」

「太ったなんて言ってないじゃない」

 冴島は、自らを見下ろすと、そこには控えめなものしかなく、橋口の胸を少し分けて欲しいとさえ思った。

「それとなく『太った』と言いたい意図(・・)を感じるんだケド」

「だから、太ったとは」

それ(・・)なんだケド」

「ごめん」

 橋口は胸を隠すように腕を組んだ。

「で、アリスの件、決着ついたんだケド」

「かんなに調べてもらった、さっきの記事をもう一度みればわかるわ」

「……」

 橋口は自らが読んだ後、(おもむろ)にスマフォを見せてくる。

 冴島もその記事を読む。

「警視庁、霊能警察局の局長である有栖(ありす)邦彦(くにひこ)が元総理を身をもって庇い、殺害の危機を救いました。有栖局長は、至近距離から改造銃で撃たれ重体でしたが、その翌未明、息をひきとりました…… アリスはループを抜け出したという事ね」

 橋口が冴島の顔を見て、言う。

「この話、知ってたの?」

「知っていたわけじゃ無いけど、依頼主からの電話を受けた時、なんとなく感じるものがあったわ。おそらく、永江所長も勘付いていたと思う」

「死んだ人が依頼主となって、電話をしてきた、というあり得ないことになるんだケド」

「その通りね」

 もう一度考え直して、あらためて橋口は言う。

「だから、ありえないんだケド」

「ありえなくはないわ。誰も確認していないから」

 橋口は無言のままだった。

 冴島が説明を始める。

「シュレーディンガーの猫って例え話知っている?」

「観測するまで状態はAでもBでも無い状態、AとBが混じった状態だ、というやつなんだケド」

「まさにそういう状態だったんだと思う」

 そんなバカな。橋口は整理して言い返した。

「いや、電話してきたってことは、箱を開けて観測したのと同じ。生きているから電話ができたわけなんだケド」

「我々の世界は普通に時間が過ぎていて、アリスがいる『時』だけがループしていた。アリスが生きている世界では、有栖邦彦は生きているのだとしたら?」

「こっちはわざわざ『ツクヨミ』の鏡まで使ってアリスと会話したのに、有栖邦彦はそんな力を借りずに我々に直接電話をしてきた、ということになるんだケド」

「けど、きっとそういうこと(・・・・・・)だと思うよ」

 邦彦にもアリスに備わっているような『時を操る力』があった。

 あくまで仮の話だが、冴島にはそう思えたのだ。

「……」

「もう確かめようは無いけど」

 そう言った時、二人の乗る飛行機の搭乗ゲートが開いた。

 冴島と橋口は、無言のまま立ち上がり、飛行機へと歩き出した。




 上下(かみしも)の手に手錠がかけられた。

 アリスは銃をしまうと、彼女の頬に涙がつたって落ちた。

 彼女は心を決め、時のループを抜けて、不確定だった事実が決定したのだ。

 決定した事実とは、父の死だった。

 アリスの心は、父の死を予知していた。

 そして、父の死を無意識に避けようとしていたのだ。

 どれだけ時間を操っても、変えることが出来ない事実を避けようとして、自ら時間をジャンプし、ループの中に身を置いていた。

 同じ時を繰り返している間は、父の死は確定しない。少なくとも自分の中では。

 冴島は、それを気付かせてくれた。

 自らが時のループを作り出していたことに。

 アリスは上下を地元の警察に引き渡すと、ため息をつき、自らのスマフォを確認した。

 時のループから抜けた後、アリス周辺の時間は一気に進んでしまい、父もすでに火葬され、遺骨となっていることが分かった。

「まるで浦島太郎状態ね」

 スマフォに過去時刻のメールが届いた。

『アリス刑事へ』

 柴田からだった。

『N県警から、亡くなったお父様の持ち物が送られてきています』

 捨てて、あるいは、家に送って、と返そうとして、アリスは指を止めた。

「……」

 私が怖がって『時のループ』に逃げ込んだ為に、父の葬儀やら、様々な『家族がやるべきこと』を人に任せてしまったのだ。

 せめて、父の持ち物ぐらい受け取り、父の死を悼もう。




 アリスは警視庁に戻った。霊能課に辿り着くまでの間、会う人間、会う人間から、驚いた顔をされ、同じような質問をされる。

「どこにいた?」

「ある人物の捜査で地方都市に」

「連絡が取れないって」

「ご心配おかけして、すみませんでした」

 霊能課についた後、真っ先に課長のところに行った。

「ただいま戻りました」

「……上下の件、ご苦労だったな」

「長い間、連絡が取れない状態で申し訳……」

「その件は、局長から電話があったから」

 課長はそこまで言って、言葉が止まった。

「父が、何か?」

「……」

 アリスは課長が混乱していることを悟った。

 私が時をループしている間、私がどうなっているのか『父が』課長に説明したのだと思う。すでに死んでいる父が、行方不明になっている私のことを課長に電話して伝えたのだ。

 課長の頭の中の時系列がめちゃくちゃになっている。

 局長の葬式にでたことと、連絡がきたことの時間的矛盾が、解決できなくなっている。

 どうしても説明がつかなくなっているのだ。

「課長、柴田は?」

「……ああ、柴田は坂神が起こした連続殺人事件の件の続きで捜査に出ている」

「坂神……」

 気になる響きの名前だ。アリスはそう思ったが、それ以上、言及することはなかった。

「そうですか」

 アリスはそう言って自分の席を振り返った。

 机の上に箱が置いてあった。

 そこには『私物:有栖邦彦』と書かれた紙が貼ってある。

 席に戻り、箱を開けると父の替えのシャツと封筒が入っていた。

 封筒には『アリスへ』と書かれていた。

 自分に宛てられた封筒。

 驚きつつ、椅子に座り、封筒の中にてを入れる。

 便箋には、二行だけ、書いてあった。

『アリス、お前にお土産を買ったから送る。中々会えていないが、くれぐれも健康には気をつけて』

「それだけ?」

 封筒には何かが入っているようだった。机の上に傾けると、簡単なプラスチックのシャープペンシルが出てきた。

 本体の絵柄にフワフワした感じのキャラクターが描かれている。

「これって、N市のゆるキャラ?」

 時のループの中で『陰鬼』が思い出させた、父の記憶が蘇った。

「私、幾つになったと思っているの」

 呆れたようにそう言いつつも、アリスの頬には涙がつたっていた。

 あの人の中では、私はまだ『子供』なんだわ。小さい子供のまま、成長していない。

 それは、若い頃の父しか知らないのはアリスも同じだった。

 母が自殺する状況に陥った、アリスが子供の時以来、二人はお互い、まともに会っていないのだから……

「そう…… けど、思い出してくれたのね。私のことを」

 おそらく、父も自らの死を覚悟していたのだろう。

 そうでなければ、わざわざ地方都市の出張如きで、こんな手紙を書いたり、お土産を買うとは思えない。

 父は自らが死ぬ運命を悟った時、ゆるキャラのシャープペンシルを買い、この手紙を書き残したのだ。

「父さん……」

 便箋に落ちた涙のように、体から漏れ出たような声で、そう呟いていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ