ループの源泉
永江除霊事務所の中で、三人はアリスを囲むように立っていた。
アリスは体が存在しているわけではない。立体映像のようなものだった。
触れないし、言葉もかわせない。
所長が言った。
「このアリス。もう膝丈ぐらいしか身長がない」
「等身が小さくなっている訳じゃなくて、縮尺が小さくなっていますよね」
「そうね。理屈はわからないけど、早くしないといけないことは分かる。ここにきてもらった理由よ」
アリスのいる世界が縮小しているのだろうか。
そのまま世界が縮み、完全に無くなってしまったら……
アリスは何かを訴えているような仕草をしている。
その姿は、次第に薄くなって消えた。
「小さくなっているということは、もしかして、アリスさんの命が消えかかってる」
「あるいは、戻れる可能性が消えかかっているか、どちらかね。どちらにせよ、急がないと」
「さっき、電話で依頼主は『ヨミの力が必要だ』と」
「何それ。『黄泉』って死者の世界なんだケド」
「私も黄泉かと思ったけど、電話がうまく聞こえなくて、その前に何か言っていたかもしれないんです」
「もしかすると……」
永江所長はサングラスをはずし、机に置くと目を擦った。
「もし、時間の輪の中に閉じ込められているのだとしたら『ツクヨミの力』を借りろということかしら」
「ツクヨミって、建国の神話の中にいる神さまですよね」
「名前の通り、月を読み、農耕の神のように言われているけど、月を読むということは時を司る神とも言えるわね」
冴島は視線を逸らす。
「残念ですが宗教がない私には、神の力なんて借りれないです」
「それなら神の力を借りれる『お方』に手伝ってもらいましょう」
「どういうことなんだケド?」
永江所長はサングラスを拭いてかける。
「この国には神と祀られている人間がいるでしょう? 神道の上にいる人」
「えっ? そんなことしたら、その手の人たちから何をされるか」
「大丈夫、本当のトップじゃないから。ちゃんと手続きを踏めば、会えない人ではないわ」
つまりミヤケの人の誰か、と言うことか。
「その人の力を使って、何するつもりなのか、そこを教えて欲しいんだケド」
「それは麗子ちゃん、お願い」
しばらくの間、冴島は考えをまとめていた。
「かんな、私はアリスに伝えたいの」
もう一度、口にする前に理解が間違っていないかを確かめた。
「アリスは自分の力を使って、自分で時のループに入っているのよ」
「はぁ? 意味わからないんだケド」
「私には原因が分かりました。けれど私がアリスに原因を言おうとしたら、彼女は聞くことを拒否して、その瞬間、ループしてしまうと思う」
所長が付け加える。
「彼女自身で原因に気づき『帰りたい』と思わなければならないということよ」
「だけど、そのために力を借りれるんでしょうか?」
「今の事態を放置しているとどうなるか」
「?」
冴島には分からなかった。
「アリスは時を戻ったりする、すごい霊力の持ち主ではあるわ」
所長の話を聞いているしかなかった。
「けれど、そもそも時を戻すという力は、一体どれくらいの力が必要かを考えると、どれだけ力を持っていても足りるとは思えないでしょ」
二人の表情を見て、永江所長は話す内容を変えた。
「宇宙の始まりはビックバンだと言われている。その時に何が起こったかというと、高エネルギー状態の真空が、ほぼエネルギーのない真空へと相転移したと考えられている」
「?」
「やっぱりダメかな…… もう一度、言い直すと、アリスの体に収まる程度の力では時を戻せない。アリスが時を操るのは、力をどこか『別のもの』から引き出している。そして、今、時を繰り返す為に、力を引き出し続けた結果、この時間に投影されるアリスの大きさが小さくなっている。それは世界のエネルギーを引き出しすぎて、終わりかけているということ。世界の終わりは、最終的に、私たちがいるこの世界にも影響する可能性があるということよ」
冴島は橋口の方を向いて、言った。
「かんな、わかった?」
「アリスを助けないと世界が終わる、ということなんだケド」
二人は拍手した。
「じゃあ、早速だけど、明日、出張してもらいます」
「えっ?」
「ツクヨミの力を借りるなら、国の要人にお願いするしかない。新しいお家に引っ越すのを拒んでいるお嬢様に会いに行くのよ。詳細は明日伝えます」
「それって、どういう?」
言いながら、冴島は考えていた。確か、ミヤケの人にそんなお方がいた気がするが……
「さあ、そうとわかったら、ここのホテルに泊まって。私はこれから宮内庁に連絡して調整します」
「よく分からないんだケド」
「ホテルはこのカードで私の名前を出して泊まって」
二人は戸惑いながら事務所を出た。
そのままホテルのフロアに行って、戸惑いながらも二人はホテルの部屋をとり、寝床についた。