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邦彦の影

 冴島と橋口は、約束していた中村(なかむら)権大僧都(ごんだいそうず)に会っていた。

「お待ちしておりました」

「早速ですが」

「『陰鬼(いんき)』を封じるために建てられたと言う卒塔婆(そとば)の件ですね」

「卒塔婆? 木の板に封じることが出来るなんて、相当凄いんだケド」

 権大僧都は橋口の誤解を訂正する。

「この国ではお墓に木の板で作った『卒塔婆』をおきますが、『卒塔婆』は仏塔であの木の板を言うのではないのです。『陰鬼』を封じたのは当時、相当に修行を積んだ高僧の骨を収めた『卒塔婆』となります」

「申し訳ないですが、そこまで案内していただけませんか。ある人物の行方を調べるのに重要な手がかりとなっているんです」

「ええ、早速参りましょう」

 権大僧都が歩く後を、二人が続いて歩いていく。

 ここは宗派の総本山であり、山から山の間が全て寺中(じちゅう)なのだ。

 歩いている最中、二人はすれ違う僧侶に、都度手を合わせていた。

 ケーブルカーで着いた場所からは、一番遠いところまで来ると、権大僧都が足を止めた。

「こちらの石の塔です」

「!」

 それは冴島の背と同じぐらいの高さの『石を削って作った塔』だった。

「確か四世紀ほど前のものだとうかがっていましたが。綺麗ですね」

「こういった小さいものであれば、僧侶自ら掃除をしていますので」

 確かに高い建築物を僧侶が掃除するのは危険だ。もちろん、昔は全て僧が行ったのだろうが、今は専門の人に任せないと重要な建物を壊してしまうかもしれない。

「近づいて良いですか」

 そもそも女人禁制とかそういった時代に作られたものだ。と冴島は思った。本当は触れて確認したかったところだったが、そこまで言う勇気がなかった。

「触っていただいても問題ないですよ」

「いえ、近づけば分かります」

 冴島は卒塔婆をぐるっと一周し、塔の中ほどの石に窪みがあることを発見する。

「ここですね。不自然に(えぐ)れていて、ここから呪具(じゅぐ)を使い抜き取ったのだと思います」

「確かに何かを打ちつけたように抉れていますね。どうしてそのようなものが寺中に入れたのか。掃除をしている者がどうしてそれに気づかないのか」

「観光の方も一定数入っておられるのですから、無理もないです」

 念の為、冴島はスマフォで映像を撮らせてもらった。

 三人は道を戻りながら、『陰鬼』のことを話していた。

「どうやら時を操ると言われている『陰鬼』の力を使って、逮捕を免れようとしている男がいて」

「そいつに巻き込まれ、行方不明になってしまったと、そう考えているんだケド」

「そういうことですか。ただ、このお話が来た時、私も『陰鬼』のことは調べてみたのです」

 権大僧都は続ける。

「おっしゃる通り『陰鬼』は時を操る。ちょっと前にあったことが、もう一度目の前で起こる、などが陰鬼の仕業とされていますね」

 少し間があく。

「しかしながら、それらは全て最近のこと。この寺には相当数の古文書(こもんじょ)があります。全て写しをして、オリジナルは保管しておりますが。それらの『古い』文献で調べる限り『陰鬼』が時を操るという記載はないのです」

「えっ? それは、具体的に言うと」

「相手の過去や気持ちを読み取ったり、思い出させたりと、そういった力はあるようです」

 冴島は考えた。

 過去の『陰鬼』がそうなら、ここから連れ出した『陰鬼』も同じに違いない。現代にある話は、ここに封印されていた時の話ということだ。

「調査が振り出しに戻っちゃったんだケド」

「すみません。権大僧都が調べた古文書の話を疑う訳ではないのですが、念の為、あの傷がいつ頃ついたのか、わからないものでしょうか?」

「寺中の管理では、日誌をつけることになっています。掃除をしたものが気づいていれば記されているはずですが」

 権大僧都が若い僧に頼んで一年分の日誌を持ってきてもらった。

 冴島と橋口に加え、権大僧都と若い僧も、卒塔婆に傷がついた記載を探す。

 しばらくの間、紙を捲る音と、ため息だけが部屋に響いていた。

「ありました」

 沢山の日誌を調べた若い僧がみつけた。

 僧がその記述を読み上げる。

「卒塔婆の裏側に一センチ程、石が削れている。工具を当てた時にできたのだろうか」

「四ヶ月ほど前のことですね」

「日誌を見ると掃き掃除は一週間に一回してますが、吐き掃除では気づかないこともあるでしょう。卒塔婆自体の清掃は一ヶ月に一回のペースですから、五ヶ月から四ヶ月の前の話でしょう」

 橋口は胸の前で腕を組み、目を閉じた。

「そんな最近のことなら『陰鬼』時を戻された、などと言う話は全部嘘なんだケド」

「『嘘』は言いすぎよ。きっと違う怪異とか妖怪、物の怪の仕業を『陰鬼』の仕業と勘違いしているんだわ」

「先ほども申しましたが『陰鬼』は暗い気持ちや記憶を読み取ったり、思い出させたりします。そこから考え直してみればよろしいかと」

 冴島は日誌を整えると、封筒に入れたお金をお布施として机に置いた。

「本日はありがとうございました」

「日誌はこちらで片付けますのでお気になさらずに」

 二人は手を合わせ会釈すると、寺をでた。




 帰りの電車の中、二人は考えた。

(ダイ)(ショー)が寺に行こうとする私たちを阻止しようとした。つまり『陰鬼』とアリスの失踪には何か関係があるのは間違いない。 ……はずなんだケド」

「時を操れるような大きな力を持った存在を封じるのには、あの卒塔婆は物足りない、というか、話にならないというか」

 座羅馬除霊事務所が調べたことが正しければアリスは、ある一定の時を繰り返している。

 そして陰鬼が絡んでいる。

 だが、陰鬼には時を操る力はない。

「さっぱりわからないんだケド」

「時を操ることができる人間がいるにはいるんだけど」

「……」

 橋口は理解できなかったか、言いたくないのか、黙っていた。

 冴島は、しばらく橋口の答えを待っていたが、徐に除霊事務所から渡されている二つ折りガラケーを開いた。

 事務所に電話をかける。

 所長につないてもらうと、今回の話をした。

『……そう。話は振り出しに戻ったという訳ね』

「所長、依頼主と連絡を取りたいのですが」

『……』

 なんだろう、電話を通じても重苦しい雰囲気が伝わってくる。冴島は、もう一度言った。

「依頼主と話すことが必要なんです」

『わかった。なんとかやってみる。待ってて』

 そこで通話が切れた。

 冴島は失望し、ぼんやりと電車の室内を見て過ごした。

 電車は中央駅へ着き、新幹線への乗り換えるため駅で待っていた。

「麗子! ここ伊勢じゃないのに赤福売ってんだケド!」

「私も食べる」

 二人はお土産を買って、新幹線に乗り込んだ。

 新幹線に乗って、赤福を食べると、橋口は寝てしまった。

 冴島はぼんやりと山側の夜景を見ていた。

 すると、ガラケーが鳴った。

 開くと『非通知』と書かれていたが、冴島は直感的にその電話をとった。

有栖(ありす)邦彦(くにひこ)だ。君、冴島麗子くんだね』

 返事をしたが、返事をしている半ばから相手は話し始めた。

『娘を探し出してくれ。君には娘の姿が見えるはずだ。ただ、世界が違うから話が出来ない。娘と話すには…… (ガッ)』

 トンネルに入ったせいで、音声が途切れた。

『……ヨミの力が必要だ』

「ヨミ? 黄泉とおっしゃったんですか?」

『違…… (チッ) プー・プー・プー』

「もしもし! アリスのお父さん!」

 しばらくトンネルが連続する。

 そもそもこれはガラケーで、サービスが終了しかけている電波を利用している。

 スマフォならトンネルで切れないように工夫しているはずだ、冴島はそう考えた。

 すぐにスマフォで事務所に電話する。

「所長、さっきかかってきたんですが、切れてしまって。もう一度、今度は私のスマフォの方に掛けてもらえるように……」

『無理言わないで』

 所長は宥めるかのようにゆっくりとそう言った。

「でも!」

『そうね。けれど、もう時間がないわ。二人とも、新幹線から(そのまま)タクシーで事務所にきて』

「……はい」

 二人は新幹線を降りると、言われた通りタクシーを使ってTヒルズへ直行する。

 事務所には秘書も、他の除霊士もいない。

 たった一人、所長だけが座っていた。

 冴島は所長の視線が、低いところを向いているのに気づくと、その先を追った。

 橋口もそれに気づいた。

「どういうこと!? そこにアリスがいるんだケド」

 ホログラムのように、おぼろげな映像として、アリスがそこにいた。




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