引き継ぎ
Tヒルズ。そのビジネスタワー側。
フロアの一つのスペースを、永江除霊事務所が借りていた。
除霊士を多数抱えた除霊事務所の除霊士見習いとして、冴島と橋口は雇われていた。
資格を取るためには実地での経験が必要だったからだ。
二人は『神崎理子事件』の報告書をまとめていた。
ノートPCの画面に表示された文書を、冴島が読んでいた。
これも資格を取るための重要な過程だった。
冴島は画面から目を離し、横にいる橋口にいう。
「ちょっと。かんな、これAIに書かせたでしょ?」
「そんなことないんだケド」
「あらすじだけ渡して、AIに埋めさせたのよね」
二人の発言に興味を持ったのか、永江所長は立ち上がり二人に近づいてきた。
所長の永江リサは目が悪く、室内でもサングラスを掛けている。
彼女の短い髪は全て、後に向かって、撫で付けられていた。
「ほぼ間違って無いんだケド」
「ほぼ、じゃダメでしょ。なんで読み直さなかったの?」
「読み直して直そうとしたけどキーボード苦手過ぎで、直すのメンドくなったんだケド……」
「なら、スマフォで書けば!?」
永江所長が冴島の横に立ち、PCに映る橋口の報告書を読んでいる。
「橋口さん、どれくらいのあらすじ渡すと書き起こしてくれるの?」
橋口は数行のメモが書かれたPC画面を所長に見せる。
「すごいわ。麗子ちゃん、そのうちこの手のレポートはスマフォとAIが自動的に記録・作成してくれるかもね」
「でもまだそうはいきませんから」
所長の視線の先に、体にピッタリ合ったスーツを着た女性がやってきて、言った。
「所長、お客様が」
「あれ? アポはなかったような」
女性は秘書の中島メアリーだった。
彼女は長い髪を後ろで縛り、大きなフレームの伊達メガネをしていた。
「それが……」
中島の真っ赤なグロスリップが言い淀む。
所長は中島の様子と、フロアのパーティションの向こうにいる気配を感じ取る。
重大な案件。
しかも、この娘達に関わりがある。
「麗子ちゃん、かんなちゃん。二人も同席してくれるかな?」
「えっ? なんの件だか分かったんですか?」
「レポートなんかよりずっと勉強になりそうなんだケド」
中島が応接室を開け、所長が顔を見せた。
応接室に座っていたスーツの男性が立ち上がる。
「永江所長、お久しぶりです」
「やっぱり座羅馬除霊事務所さんでしたか」
「突然お伺いして、申し訳ありません」
「この二人も同席させてください」
「?」
冴島と、橋口が中島に促されて中に入った。
「まさか」
スーツの男性は絶句したように冴島と橋口を見つめる。
「ほら、二人とも挨拶して。座羅馬さんも、どうぞおかけになって」
二人が挨拶すると、所長が座るように促す。
「お話というのは『有栖』刑事の捜索ですね」
「!」
冴島と橋口、二人の目の色が変わった。
「……すみません、黙ってしまって。その通りです。私の事務所では手に負えないことだけが分かりました」
「ええ、わかります。能力の強さや、能力者の数ではなく、質の問題ですから」
「こちらとしてはここまでの実費だけ頂いて、残りのお金は全てお渡しします。残額で不足であれば、私から支払います。この件の依頼者は……」
橋口はテーブルに手をついて、訴えるように前に乗り出した。
「そんなこと、どうでも良いんだケド!」
「お金のことは重要でしょ」
冴島は冷静に言った。
「麗子、それ違うんだケド」
「かんなちゃん、やめなさい」
橋口の怒りは収まらない。
「どうしてここまで引っ張って、今更、依頼された責任を放棄するのか、そこが重要何だケド」
「おっしゃる通りです」
「謝ることないですよ。初めから私の方から座羅馬さんにお伺いすべきでした」
座羅馬は封筒を永江に渡す。
「こちらの資料を作成して来ましたので、お渡しします。詳細はそちらを見ていただいて、概要だけお話しさせてください」
そう言うと、捜索の経緯を淡々と話していく。
座羅馬が依頼主から依頼を受けた。
過去の事件解決で依頼主から絶対の信頼を得ていたからだった。
内容は依頼主の娘、有栖アリスの捜索。
座羅馬自身、アリスを知らないわけではなかった。
捜査協力をした際に何度もあっており、アリスの力も知っていた。
「アリスさんのような能力者を『失踪させる』という意味が、どういう事か、事件の性質が分かっていなかったんです」
座羅馬が調べていくうち、アリスが失踪した直前に追っていた事件が関係していることがわかった。
追っていた事件の容疑者は『上下十二』という霊能者だった。
上下は、大きな宗教団体と繋がっていて、悪霊を降霊し金をもらっていた。
アリスは、上下がある保険金殺人に関わっていることを突き止めた。
上下の事務所に行き、ついに本人を追い詰めた。
「上下は自らの愛人に『陰鬼』を降霊したんです。いや、正確にはしたと思われるのです」
「『陰鬼』って一体、何なんだケド?」
「かんなちゃんには後で教えてあげる」
「上下は、時を操ろうとしたということですか」
冴島は『陰鬼』が何か、分かっているようだった。
「おそらく。上下、その事務所の社員、そして上下の愛人が、アリス刑事と同じ時から、失踪しています。はっきり言えないのですが、四人は同じ時を繰り返しているのです」
「間違いないわね」
永江所長はソファーに背中を預け、そう言った。
「アリスなら時間跳躍出来るはず」
「もしかして、麗子が見たアリスの姿がそうなのかも」
「だとすると、完全に時間跳躍できないってことになっちゃう」
座羅馬は首を横に振った。
「すみません。我々には『時間跳躍』を扱える人材が」
「そんなの永江事務所だって同じなんだケド」
「いるじゃない? ここに二人も」
「……」
冴島と橋口は、無言で顔を見合わせた。
座羅馬が間髪入れずに言う。
「やっぱり」
「二人とも、今からすぐに取り掛かって」
永江所長は座羅馬が置いた大きな書類封筒をそのまま、冴島へ渡す。
「ほら、すぐ動く!」
二人は立ち上がると、応接室の扉を開けた。
冴島は会釈をして部屋を出て、ふと、応接室を振り返る。
残った永江所長は、座羅馬とお金の話を始めていた。