干渉
冴島麗子は、K駅から宝仙院女子行きのバスに乗っていた。
運転席側に、ぼんやりと男の姿が見える。
男は先の尖った刺身包丁を突きつけている。
亡霊!? 過去に見たことがある。確か、あれは……
思い出そうとして、その霊の姿が消えた。
「何、今の!」
「見たよね、ね、見たよね? 包丁持ってた」
周りが騒いでいる。
「もしかして、バスジャック?」
「前にもあったよね? あった」
冴島は冷静に周りの生徒を観察する。
人数が多すぎる。車内で感じとる空気から判断しても、全員、霊感が強いとは思えない。
さっきの男の姿は、霊の類ではないということになる。
考えながら、バスを降り、校内を歩いていると橋口に肩を叩かれた。
「無視もいい加減にするんだケド!?」
「えっ?」
いや、今日は今初めて姿を見たし、声も今聞いた。
無視も何も
「無視してなんかないよ」
「じゃあ、なんで神崎理子の事、ずっと話しているのに答えないんだケド」
「……もしかして、時が」
言いかけてやめた。
「麗子、おはよう、なんだケド」
「……」
「麗子、今日は朝からおかしいんだケド」
「ずっと一緒にいた?」
「麗子、K駅のカフェに居たでしょ」
めちゃくちゃだ。
それはいつの話だ、今日はカフェなんて寄ってない。
「かんな、ちょっと!?」
冴島は橋口に向き合い、その両腕を抑えた。
「もう一度、冷静に記憶を辿ってみて」
「……」
橋口が答えられないで、いると、冴島の視野の隅に金髪に青いワンピースの女の子が通りすぎていく。
「!」
「冷静にならなきゃいけないのは、麗子の方なんだケド」
冴島の学校生活は混乱を極めた。
鞄に入れたはずの提出物が入っていなかったり、受けた事がない英語の試験が返却された。
戸惑っているのは、冴島だけではなかった。
クラスメイトが異変に気づいて、話し始める。
「なんかおかしくない?」
「現代文の試験でしょ。回答返されたけど、あんな試験あったっけ?」
「あんたは相当おかしいよ。今日、現代文の授業ないでしょ?」
冴島はその話に加わる。
「受けたことのない試験は返されたよ、英語だったけど」
「受けたことがないって、嘘ばっかり。英語は、もう返されたはずの答案をもう一度返されたから、回収したんだっけ思ったよ。だって点数も間違えた場所も、ずっと前に聞いてたもん」
「そんな……」
冴島が会話が噛み合わず絶望していると、橋口が声をかけてきた。
「麗子、ちょっとベランダに来るんだケド」
冴島はその娘たちの会話から抜け、橋口についていった。
ベランダに出て、扉を閉めると、橋口は言った。
「あれしか考えられないんだケド」
「あれ…… って?」
「待っていれば『あれ』来るから、じっと待つんだケド」
橋口は校庭の方を見つめている。
冴島は同じ方を見て待った。
「!」
金髪に黒いリボン。青いワンピースに、白いエプロン。
校庭を走るアリス。
「あれ。見て何か感じると思うんだケド」
「アリス…… アリス!?」
そう言えば、朝、橋口がおかしい、と思っていた時に『アリス』が走っていくのが見えた。
アリス。子供の頭身ではない、大人の頭身をしたアリス。
あれは、有栖アリス。
「まさか!?」
「そう遠音のことなんだケド」
「???」
遠音の話しはこの前、坂神を逮捕して終わっている。
また橋口がおかしくなった。と冴島は考えた。
「かんな、しっかり!」
そう言って橋口の頬を軽く叩いた。
「そ、そう。アリスの失踪が、この世界に干渉しているんだケド」
「ニュースでやっていた、不自然な携帯電話の通信障害とか、SNSで拡大するデジャブやメジャブというキーワード、ハッシュタグの氾濫も、全部、これに繋がるんだわ」
「学校がめちゃめちゃなのは、以前、学校の朝礼にアリスが来たから、影響受ける人間が多いからかも知れないんだケド」
世界全体が干渉し、影響を受けている。
おそらく時が狂っているのだ。
このまま放って置くと酷いことが起こる。
冴島はベランダの暖かい日差しを浴びながら、これからの事を想像し、恐怖に震えた。