身辺調査
有栖アリスは地方の除霊事務所を捜査していた。
調べによると除霊事務所といっても、霊能者は所長一人。
所長の名は上下十二。
秘書というか、事務員というか、受付というか、それら全ての役割を受け持ち、サポートをする従業員が一人。
その秘書の名は、斉藤みゆき。計二人の個人事務所だ。
地方都市の中央駅のすぐ近く、立派なオフィスビルの一角を借りている。
除霊士は実質一人となる小さな除霊事務所が、地方都市とはいえ、どうしてそんな好立地のフロアを借りれるのか、理解できないだろう。
建前上は除霊事務所だが、実際にやっていることは『降霊』と『悪霊のコントロール』だ。
教団から依頼されると、気付かれぬように所長が動き、信者に悪霊を取り憑かせる。
悪霊が取り憑いた信者は、教団へ相談する。
教団は、除霊料やら、祈祷料だ、お布施が…… と持ちかけお金を巻き上げていく。
十分にお金が入れば、憑けた悪霊をおとなしくさせる。
それだけで済めばいいが、教団側がまだ取れる判断すれば、再び悪霊を暴れさせる。
再びターゲットは教団へと出向く。
土地やら財産やら、巻き上げるものを巻き上げるまで続く。
何も取れなくなったらようやく悪霊を別のターゲットに移動させる。
除霊事務所は教団からのあがりを分前としていただく、という流れだ。
いわゆる悪徳商法をしているのだ。
アリスは教団の佐々木からもらった情報を確かめていた。
「ここね」
オートドアには『窓下の光除霊事務所』と書かれていた。
文字が左右に分かれると、アリスは中に入った。
部屋にはセンサーがあるのか、どこかで音がなった。
正面奥に置かれている無人受付機を無視し、アリスはその左にある扉のレバー・ハンドルを動かす。
鍵がかかっていて、動かない。
「すみません、相談があるんだけど。所長を出して」
扉に耳を近づけ、意識を集中する。
「ねぇ、聞こえてる?」
動かないハンドルをガチャガチャと動かす。
奥から声が聞こえる。
『所長。お客様が所長を出せと』
『どんな客だ』
スマフォなのか、固定電話か、スピーカーを使って会話しているらしく所長の声も丸聞こえだった。
『どんな客って、女性客です』
『どんな格好だって言ってるんだ』
『金髪で、頭に黒いリボン。青いワンピースに、フリフリのエプロンをしてます』
『不思議の国のアリス……』
『まさにそれです』
すると電子音が聞こえてきた。
『あっ、所長! どうしたらいいんですか!?』
アリスは扉に手をかざした。
気持ちを集中させ、扉の裏側にあるサムターンを想像、意識する。
『カチャン』
内側のサムターンが動き、扉のロックがはずれた。
アリスは素早くレバー・ハンドルを操作して扉を開ける。
「えっ、どうして開いたの!?」
女性の声は裏返っていた。
アリスは素早くスーツを着た、その女性に近づき、額に人差し指と中指を押し付ける。
目が寝てしまったかのように、よどんでしまう。
「上下はどこ?」
「イエマセン」
「言えないなら……」
アリスは事務所内を見回して、近郊の様子を描いたマップを見つける。
「指さして。指さすだけなら『言ってない』と言い訳できるでしょ」
「……」
女性はマップ上に指を置いた。
アリスはその住所を把握すると女性の額に押し付けていた指を離した。アリスはさらに考える。女性が正しい位置を示したとしても、その場所に居続けるとは限らない。さっきの電話のやりとりからすると、上下は私が来たことに勘づいているから、なおさらだ。
二度とこの場に戻る気がないなら、車を使って離れる方向に逃げるだろう。
だが、この部屋に何か大切なものを置いているとしたら……
事務所内をもう一度見回す。
彼女の机と、上下所長のデスク。所長のデスクの後ろには、額縁に入った『書』が飾られている。
「不惜身命……」
パーテーションで区切られた、応接スペース。何かあるとすれば、所長のデスクだろう。
女性はアリスが指を離すと、しばらく揺れていたが、顔を机に伏せてしまった。
アリスは所長の机に回り込み、机の引き出しを開けた。
引き出しは簡単な鍵はついているが、かけていない。
いくつかの書類と、印鑑や事務用品が入っていた。
机の上も、ノートPCが開いたまま置いてあるだけ。
もし、これだけの中で何かあるとすれば、ノートPCの中だろう。
部屋の中をもう一度見つめ直し、アリスは何か思いついたように頷いた。
すると、振り返り机に伏せている女性のところに戻った。