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短編集

謎の美術館

作者: 陽菜

初めてのホラー小説です。タイトルは変えるかもしれません。

pixivの方でも「にゃけ」で投稿しています。

 とある国にある小さな美術館。

 そこは、人生を窮屈に感じている人や自殺を考えている人が行くと別の世界に入ってしまうという噂がひそかに流れていた。


「レスぺ、美術館に着いたわよ」

 母の言葉に、男の子が目を開けた。車の窓から顔を出して周りを見ると、人がたくさんいた。

「楽しみだね」

「……うん、そうだね」

 父に微笑まれ、レスペは頷く。両親は行く気だったが、レスペは乗り気ではなかった。しかし、両親は教育熱心でどうしても連れていきたいと言っていたので渋々ついてきたのだ。

 美術館に入ると、当たり前だがたくさんの絵画や像が飾っていた。どうやら有名だがナイーブな芸術家の作品が飾られているらしい。……怖い作品がたくさんある。

「先に見て回っておく?」

 母の質問にレスペは頷く。「仕方ないなぁ」と許可が得られたので彼は一人で美術館を見て回った。

 二階に上ると、ボロボロのコートを着た背の高い人が目に映った。その人が見ている絵画を見ると、逆さにつるされた人が描かれていた。

 それを見ていた青年は悲壮感漂う表情を浮かべている。不思議な雰囲気の人だと思いながら、レスペは別の作品を鑑賞する。

 そうやって歩き回っていると、人が誰もいなくなっていることに気付いた。

「あ、あれ……?みんな、どこ行ったの……?」

 レスペは恐怖を覚えながら、美術館を走り回る。しかし、どこを見ても人ひとり見かけなかった。

「お父さん、お母さん……!」

 そうやって走り回っていると、何かにぶつかってしまった。

「ちょっと、危ないよ」

 中性的な声が聞こえてくる。目を開けると、そこにはあのボロボロのコートの青年がいた。

「君、大丈夫?」

 目線を合わせられ、この青年が女性であることに気付く。

「あ、あの……ここは……?」

「僕にも分からないね。美術館であることは確かみたいだけど……」

 彼女も周囲を見て、そう答えた。

「……今は、二人で行動した方がよさそうだね。君はご両親と来ていたのかな?」

「う、うん……」

「それなら、せめて君がご両親と合流するまで離れないでね」

 その人はレスペにそう言い聞かせる。知らない人についていってはいけないと母に言われているが、今回ばかりは破らざるを得ない。レスペはその女性についていった。

「……あ、あの、あなたは……?」

 レスペが尋ねると、「あぁ、自己紹介をしていなかったね」と振り返った。

「僕はベニバナ。呼び捨てで構わない。君は?」

「ぼ、ぼくは、レスペって言います……」

「レスペ、短い時間だけどよろしく」

 ベニバナが手を差し出す。その手を握ると、優しく握り返してくれた。

 少し進んで、花瓶に花を活けていることに気付く。

『女の方は青いバラを、男の方は緑の花を』

 それだけ書かれている。

「……罠かもしれないけど、取るしかなさそうだね」

 ベニバナが呟き、先に自分の花を取った。続けてレスペも取ると、壁に何かが書かれた。

『その花はあなた達の命。それが朽ちるとき、あなた達も……』

 どういう意味だろうとベニバナの方を見ると、

「……つまり、これは僕達の命で、花弁がなくなったら私達も死んでしまうっていうことだね」

 そう、答えてくれた。レスペは血の気が引いていくのが分かった。そんな彼に、ベニバナはギュッと手を握ってくれた。

「……安心しろ。君の命はちゃんと守ってあげる」

 その言葉に、レスペはどこか安堵感を抱いた。

 この人は、本当に守ってくれる。

 ただの勘だが、レスペはそう感じ取った。

 出口に行くが、開けることが出来ない。

「閉じ込められている、か……どこかにほかの出口があるかもしれない。探そうか」

「あ、あの。あそこ……階段がない?」

 レスペが指さした方を見ると、確かに階段があった。

(あそこって、確か絵画があったと思うんだけどな……)

 ベニバナは違和感を覚えながら、そこに向かった。

 階段を降りると、見たことのない絵画や像があった。これも作品達だろうか。

 ガタガタと、何かが動く音が聞こえてくる。周囲を見渡すと、絵が動いていることに気付いた。

「……ま、まさか……」

 そのまさかだった。その絵が襲い掛かってきたのだ。

「逃げるよ!」

 ベニバナはレスペを抱え、走り出す。

「わぁあぁあああああ⁉」

 レスペも悲鳴を上げた。ベニバナは速いのだが絵画の方が速くて追いつきそうになっているのだ。

「……っレスペ!ドアを開けて!」

「え⁉う、うん!」

 ほぼ無意識のうちにレスペは目の前のドアを開けた。ベニバナはそこに入り、ドアを閉める。ドンドンと叩くが、開けてくる様子はない。

「……どうやら、ドアを開けてくることはなさそうだね。しばらくはここにいよう」

「うん……」

 どうやらここには絵本が置いているらしい。レスペが見て回っていると、「何かあった?」と聞かれる。

「うーん……ぼくが知っている絵本はないかな……」

「僕の方もだよ。信じがたいけど、別世界に来たかもしれないね……」

 その言葉に、血の気が引いていくのが分かった。

 別世界って……。

 自分達は、絵画の世界に来てしまったのだろうか?

「……音が聞こえなくなったね。出ようか」

 ベニバナの言葉にレスペは頷く。

 こっそり開けると、絵画は遠くに行っていた。

「元の道は戻れなさそうだね……」

「先に進もうか」

 レスペはベニバナのコートをギュッと握った。

「……あの、ベニバナって身長は何センチなの?」

 かなり高いので気になり、レスペは尋ねる。

「僕?百八十二センチだよ。まぁ、女の中では高いから後姿だと男とよく間違われるんだけど……」

「……ぼくも、最初は男の人だと思ってた」

「仕方ないさ、こんな服を着ているぐらいだしな。僕の身長だと男物の服が基本になるしな」

 確かに、ボロボロのコートは男物だ。その中の服も男物に見える。

「うらやましいなぁ、高身長はあこがれるよ」

「レスペはまだ子供だからね、高くなるよ」

 小さく笑っているベニバナに、レスペは頬を染める。

「み、ミルクとか、たくさん飲んでたの?」

「うーん……僕はいいところのお嬢様だからね。バランスよく食べさせられていたよ。最近は自分で作ることが多くなったけど……」

「お嬢様なの?そう見えないんだけど……」

「まぁね。むしろ見えないでいいよ」

 でも、確かに髪の毛は短いが、金髪で青い瞳は高い身分の令嬢を思わせた。

「えっと……何歳なの?」

 女の人に年を聞くのは失礼だとは思ったが、好奇心の方が勝った。

「十八だよ。レスペは何歳なんだ?」

「十二歳だよ。意外と若いんだね」

「こう見えても学生だからね。バイトとかはしているけど」

 それも意外だ。バイトまでやっているとは。

「お嬢様なら、お金とか気にしなくてもいいんじゃないの?」

「あー、うん。まぁそうなんだけど……いろいろ複雑でね。まぁレスペが気にすることじゃないよ」

 ベニバナが笑いかける。しかしそこには寂しさも含まれていた。

「別の部屋に来たね。ここは……謎解きかな?」

 ベニバナが中に入る。レスペも慌ててついていくと、そこは広い場所につながっていた。

 右隣はモフモフした何かがいた。左隣には通路があって、一周出来るようだ。

「ねぇ、このモフモフ、触ってもいいかな……?」

 レスペが尋ねると、ベニバナは「いいのかな……?」とジッと見た。

「ちょっと待ってね……」

 先に触って、害がないことを確認すると「いいよ。あまり刺激しないようにね」と許可を出した。

 レスペが触ると、ゴロゴロと言い出した。どうやら大きなネコだったらしい。これも作品の一つだろうか?

「……このネコをどけないとダメみたいだね」

「えー、モフモフなのに……」

「気持ちは分かるけど、脱出するのが先でしょ?」

 そう言われ、渋々ながらレスペは離れる。

(僕は、そんなことをしている暇なかったな……)

 ベニバナはレスペを見ながら、そんなことを思う。十二歳の時は、英才教育を叩きこまれている時期だ。遊びに行くのはほんの短い間で、家に帰ったら勉強勉強と言われ続けた。でも、どんなにいい成績を取っても、どんなに努力しても両親から褒められることはなかった。

(それで、僕は……)

 名門大学に進学も決まっている。この調子でいけば、優良企業に入社も確実とさえ言われている。でも、そんなのはもうどうだっていい。

(弟の学費さえ稼げたら、あとは……)

「……ベニバナ?」

 レスペの声に、ベニバナは現実に戻ってくる。

「どうしたの?」

「ボーッとしてたから、少し心配で。大丈夫?」

 不安げな表情に、ベニバナはかがんで「大丈夫だよ」と笑った。

 レスペはどうしても、陰りがあることが気になった。

「……ねぇ、この先って、何かあるかな?」

 しかし、その一歩をどうしても聞けず、そんなことを代わりに尋ねた。ベニバナは「……うーん。なんとも言えないね。まだ先はあるかもしれないし、出口につながっているかもしれないし」と答えた。

「そっか……じゃあ、手分けして探そう?」

「でも、レスペはまだ子供だし……」

「大丈夫だよ!それに、子供って言ったってベニバナも六歳しか年が離れてないじゃん」

 それを言われてしまっては反論出来ない。

「……仕方ない。何かあったらすぐ僕のところに来るんだよ」

 結局、押し切られるような形で別々に探索を再開した。

 レスペは左側の部屋に入る。ベニバナは通路先に向かった。

「ここ、薄暗いなぁ……」

 ベニバナと一緒にいた時は感じなかったのに。キョロキョロ見て回ると、像が見えた。

 ……嫌な予感が……。

 その予感は当たってしまった。その像がレスペに向かって襲ってきた。恐怖で動けずにいると、

「危ない!」

 声が聞こえたと同時に、像に向かって体当たりする影が見えた。ガシャーン!と像が壊れるところが見える。

「べ、ベニバナ……?」

「大丈夫?」

 ベニバナがレスペの方を見る。そこで、彼女は目を見開いた。何事だとレスペも振り返ると、

『美術品を壊してはいけません。壊した場合、相応の処置をさせていただきます』

 そんな文が、真っ赤な字で書かれていた。

「ど、どうしよう……」

 レスペが怯えた様子で聞く。ベニバナは「レスペは壊していないから、大丈夫だよ」とその頭を撫でた。

「何かあっても、僕が責任を取るからね」

 あぁ、自分がちゃんと逃げることが出来ていたら……。

 そう後悔するも、もう手遅れだ。

「行こう。こんなの気にしなくていいからさ」

 ベニバナがレスペの手を握り、像が来た先に進む。行き止まりのところに鍵が落ちていた。

 これを使い、さらに先に進む。隣には、ギロチンが描かれていた。

「……レスペ、一気に駆け抜けるよ。おいで」

 言うが早いか、ベニバナはレスペを抱えて一気に駆けた。そして、隣のギロチンが見えなくなったところで素早く階段のところに曲がると後ろから大きな音が聞こえてきた。見ると、ギロチンが刺さっていた。

「……………………」

「危なかったね、レスペ……レスペ?」

 ベニバナがレスペを見ると、震えていることに気付いた。まぁ、今明らかに死ぬかもしれない仕掛けだったから当たり前だろう。

 そのまま階段を駆け下り、近くの扉に入る。

「ここなら、休めるんじゃないかな?」

 そう言って、ベニバナはレスペを降ろした。

 レスペは壁に寄り掛かり、目を閉じる。

「うん?レスペ?……寝ちゃったか……」

 仕方ないかと思う。そしてこういう時こそ、年上である自分がしっかりしていないといけないと思う。

 ベニバナはレスペに自分のコートをかけ、部屋内を見て回る。本棚があったのでそれを読んでみた。


 レスペは、一人で別のところにいた。ベニバナがどこにもいない。先に進んでいくと、母親が「どこに行ったのかしら……?」と呟きながら消えてしまう。

 さらに進んでいくが、だんだん暗くなっていく。やがて、何も見えなくなって――。

 バッと、目が覚める。

「レスペ、どうしたの?」

 ベニバナが近づいて、目を合わせた。

「あの……怖い夢を見たの……」

 泣きそうになるのを何とか耐えて、レスペは答える。

「そうだったんだ……ごめんね、気付いてあげられなくて」

 ベニバナは少し考えた後、「コートのポケットの中、見てごらん」と笑った。レスペが疑問符を浮かべながら探ってみると、キャンディが出てきた。

「それ、あげる。好きな時に食べて」

 そう言われ、レスペは頷く。「少し落ち着いたら、また再開しようか」とベニバナは部屋を見回った。レスペはキャンディを見ながら、胸が温かくなるのが分かった。

 キャンディを自分のポケットに入れ、コートを持ってベニバナのところに行く。

「あの、ベニバナ……」

「ん?あぁ、ありがとう。持ってきてくれたんだね」

 差し出されたコートを受け取り、それを羽織る。コートをギュッと握ると、彼女は驚いたような表情を浮かべた。しかしすぐに微笑んで、

「大丈夫だよ」

 頭を撫でた。

「……僕、さ。最期に美術館に行ったら、自殺しようと思っていたんだ」

 突然の告白に、レスペは下から少女を見上げる。

「僕、お嬢様だって言っただろ?でも、両親は男の子が欲しかったみたいでね。僕はかなり冷遇されたんだ。学校ぐらいは行かせてもらったけど、それも結局体面のためだけだった。レスペと同じ年の弟もいるから、もういいだろうって思ってね。バイトをしていたのはせめて弟の学費だけは貯めておきたかったんだ。あの子、身体が弱いからどうしても普通の学校に行けなくてさ」

 そう言うベニバナは、とても寂しげだった。

「この美術館って、自殺しようとしている人や人生を窮屈だと思っている人が来ると異世界に閉じ込められるって都市伝説があったんだけど、まさか本当だとはね……」

 人生を、窮屈に……確かに、レスペもそうだった。

「大丈夫、出口は絶対あるから」

 不安になってきたレスペに、ベニバナは笑いかけた。

 部屋から出て、先に進んでいくと遠くに人影が見えた。近付くと、双子のようによく似ている幼い男女がオロオロしていた。

「どうしたの?君達」

「あ、人……」

「あなた達は?」

 男の子と女の子は怯えたような瞳をベニバナに向ける。「僕はベニバナ、こっちの子はレスペと言うんだ」と答えると「僕はエリク」「私はエイダ」と返した。

「君達も迷い込んだ子?だったら、一緒に行かない?」

「え、いいの?」

「うん。みんなでいた方が安心だろうからね」

 ベニバナは少し違和感を覚えながらも、二人とも一緒に行動することにした。

 四人で探索しようとすると、足元から大きな音が聞こえてくる。

「や、やば……っ!」

 下から石の蔓が出てくる。そのせいで、ベニバナとレスペ達三人が分断されてしまった。

「レスペ、エイダ、エリク!そっちは大丈夫⁉」

 ベニバナが安否を確認した。

「大丈夫……」

「ベニバナ、私達はこっちで探索してていい?」

 エイダの言葉に、「僕が行くまで、そこにいてほしい」と言うのだが、

「だって、それだとどれぐらいかかるか分からないもん。私とエリクはベニバナのこともよく分かってないし」

 そう言われてはぐうの音も出ない。一つため息をつき、

「……分かった。でも遠くに行ったらダメだぞ」

「分かったよ、過保護だなぁ」

 エリクが不満げに返事する。それを聞いて、ベニバナはまず近くの階段を下った。

「子供だけで大丈夫かな……?」

 そう呟きながら、たどり着いた場所は広い部屋。一周してみると、中心にも部屋があることに気付くが開かないようで、どうやら条件を満たさないと開かないらしい。周囲もいくつか扉があり、周囲から一か所ずつ探索していく。

 その一つの部屋で、ベニバナはある事実を知ることになった。


 そのころ、三人は部屋を探していた。

「ねぇねぇ、レスペ!ベニバナってどんな人?」

 エイダに聞かれ、レスペは考える。

「頼りになる人だよ。ぼくが動かせないものも動かしてくれるし……」

「へぇ……それでさ、美術品は壊しちゃったの?」

 エリクにジッと見られ、レスペは一瞬息をのんだ。なんでそんなことを聞くのか、分からなかったからだ。

「……い、いや。そんなことはないよ」

 冷や汗を流しながら、レスペはうそをつく。それにエイダが「そうだよね!」とニコッと笑った。

「あ、僕達あっちを探してみるね!」

 二人は少し離れた扉に入ってしまう。レスペは周りを見て回った。

「やっぱり、あの人が……」

「あの人がいたら……」

 部屋の中で何か話しているのが聞こえたが、どんな内容なのかは分からなかった。

 しばらくして、二人が出てくる。

「レスペ、ちょっといい?」

 エイダが何かを話そうとしたその時、二人の様子が一変した。

「え、エリク?エイダ?どうしたの……?」

 怖くなったレスペが声をかけるが、二人は「あいつ、私達の真実知った……」「あいつ嫌い、あいついなくなればいい」とブツブツ呟くだけ。

 突然、二人は通路のところに走ってしまう。そして、そこにある像に「先に行かせてよ……!」と無理やり行こうとしていた。


 ベニバナは鍵を見つけて中央にある部屋に入る。すると目の前の絵画が突然出てこようとしてきた。

「ひっ……!」

 慌てて出ようとするが、鍵が閉まっていた。もしかしたらどこかにまた鍵があるかもしれないと落ちていたぬいぐるみ達を引き裂き始める。

「オマエ、ビジュツヒン、コワス……」

「ちっ……!構っている暇なんてないんだよ……!」

 後ろまで迫ってきたところで、ようやく鍵を見つけ出す。それを使って部屋から出て、遠くまで走っていく。

 息を切らせながら、その場に崩れ落ちる。

「……マジ、疲れる……」

 不意に後ろを振り返ると、

『ベニバナは、首を吊って死ぬ』

 血のような赤い字で、そんなことが書かれていた。

 それは、考えていた自殺方法だった。美術館を見て回ったら、帰らないでそのまま首つり自殺しようと思っていたのだ。

「……………………」

 ベニバナは、近くに落ちていたペンでそれを塗りつぶす。そして、通れるようになった階段の方を慌てて上がった。


 レスペは開いた扉から下に降りようとすると、エイダとエリクが詰め寄ってきた。

「なんで逃げようとするの?」

「あんな奴、放っておいて行こうよ」

 それはもはや、正気の沙汰ではなかった。二人の手がレスペに伸びたその時、

「やめろ!」

 下の階からベニバナが走ってきて、二人を突き飛ばした。二人がその場に倒れこむと、二輪の花が落ちた。ベニバナはそれを見て、

「……造花……やっぱり、エイダとエリクは……」

 そう呟く。

「ど、どういうことなの……?」

「話はあと。今は離れよう」

 ベニバナがレスペを抱え、下に降りて行く。

「……あの、ベニバナ。いつもぼくを抱えるけど、一応ぼくも十二歳なんだからね?」

「あ、ごめん。小さいものだからつい」

 その言葉にレスペはムッとなった。

「……絶対に、ベニバナより大きくなって見せる……」

 そう言って、なんでこんなに悔しいのかと疑問に思った。

「それは楽しみだな」

 笑いかけるベニバナに、心臓が大きく跳ねる。

 下の階まで降りると、ベニバナはレスペを降ろしてことの次第を話し出した。

「エイダとエリクだけど……あの二人は人間じゃない。どうやら絵画らしいね」

 どうしても信じられない話だが、信じるしかないだろう。ベニバナはさらに続けた。

「いとおしき双子ってタイトルで、あの二人が書かれていたんだ。多分、あの二人の絵画もどこかに……」

「あれ?ベニバナ、手を怪我しているよ」

 考え込むベニバナの手を見て、レスペが教えると「あぁ、本当だ。気付かなかった」と呟いた。

「まぁ、放っておけば治るよ」

「だ、ダメだよ……これ、貸すよ」

 レスペがハンカチを渡すと、ベニバナは「借りてもいいの?」と驚いたように見た。

「うん」

「……だったら、貸してもらうね。ちゃんと返すから」

 ベニバナはそれで血をふき取る。そしてポケットの中に入れると、突然足元に大きな穴が開いた。透明な床があって……などということはなく。二人はそのまま落ちて行ってしまった。


「……ぺ。レスペ」

 自分を呼ぶ声にレスペは目を覚ます。ベニバナが自分の顔を覗き込んでいた。

「ここは……?」

「分からない。でも、嫌な予感がするね。……レスペ、花は持っているか?」

 ベニバナに聞かれ、レスペは探してみるがどこにもなかった。

「どこかに落としたのかな……?」

「落ちるまでは持っていたから、多分ここのどこかにあると思うけど……」

「わー、きれいな花だ」

 近くでエイダの声が聞こえ、二人は顔を見合わせる。

「どうする?これ」

 エリクの声も聞こえてきて、二人はその方向に進む。するとそこには、レスペの花を拾っている双子の姿があった。

「ちょっと、それを返して。それはレスペの花なんだよ」

 ベニバナが二人に言うと、「えー、どうしようかなぁ」と二人は笑った。

「それがないと、レスペが困るの」

「んー。じゃあ、ベニバナのそれ、ちょうだい?」

 エリクが指さしたのはベニバナの青いバラ。これは自分の命だ、簡単に渡すわけにもいかないのだが……。

 チラッと、レスペの方を見てみると彼は青ざめていた。

(……そんな顔されたら、断れないよ……)

 死にたいする恐怖におびえている少年を、見捨てられなかった。

「……分かった、これをあげるから返してくれる?」

 ベニバナが青いバラを差し出すと、レスペの花と交換した。

「きれいだね」

「ありがとう!」

 二人はニコニコしながら、その場を去っていった。ベニバナはレスペの前で跪いて花を差し出す。

「ほら、大事なものはちゃんと持っておくんだよ」

 それを受け取り、レスペは頷く。そして通路の方を歩いていくが、突然ベニバナが膝をついた。

「ベニバナ⁉」

「レスペ……」

 ベニバナはレスペの頭を撫でる。

「……ごめんね、本当のことも言いたくないけど、嘘も言いたくないんだ。……あとで追いかけてくるから、先に行ってて」

 小さく笑うベニバナに押され、レスペは先に進んだ。

 ベニバナはその後ろ姿を見て、きっと会うことはないだろうと自嘲した。

「……君は、絶対に脱出しろよ、レスペ……」

 痛む身体を壁にもたれかからせて、ポケットの中身を取り出しながらベニバナは呟いた。


 レスペが進んでいくと、青い花びらが落ちていることに気付いた。

「これは……」

 まさか……と思いながら進んでいくと、バラの茎らしきものが落ちていた。

 慌てて引き返すと、ベニバナは壁にもたれかかっていた。いくら肩を揺らしても、起きる様子はない。

 ふと、ベニバナの手にライターがあるのが見えた。なんでこんなものが……?と思いながらそれを取り、その場を去っていく。

 戻ると、何かに塞がれていて通れない道が出てきた。どうしようか悩んだが、不意にライターの存在を思い出す。

 そこに火をつけると、まるで紙のように燃え尽きてしまった。息をのんであがっていくと、その先にあったのは……。

「なんでここにいるの⁉」

 エイダの声が聞こえてくる。その後ろからエリクの声も響いた。

「ここから出ていけ!」

 奥まで追い込まれたレスペは、とっさの判断でその額縁を燃やした。

「い、嫌ぁ!」

「や、やめて……!」

 燃え尽きると同時に、二人も灰になってしまった。レスペはその場を去り、さらに奥に進んでいった。

 階段を上がると、そこには現実によく似た大きな絵画があった。触れると中に引き込まれたので、もしかしたらと飛び込もうとすると、

「レスペ」

 ベニバナの声が聞こえてきて、振り返る。

「どこに行っていたの?私、探したんだよ」

 ほら、こっちに出口があるよと手招きされ、思わずそちらに行きそうになった。

「レスペ」

 耳元で、またベニバナの声が聞こえる。

「そいつの言うことは信じるな、あれは僕の偽物だ。僕は自分のことを「私」なんて言わない」

 ハッと振り返るが、誰もいない。後ろから、偽物のベニバナが声をかけるがそれを無視して、絵画の中に飛び込んだ。


 気付けば、大きな絵画の前に立っていた。

「……あれ?ぼく、さっきまで何してたんだろ……?」

 レスペは自分がさっきまで何をしていたのか思い出せなかった。そのことに疑問を持ちながら、下の階におりる。

 見て回っていると、一つの絵画が目に映った。

「……名もなき乙女……」

 金髪の女性が、壁に寄り掛かっているようなそんな絵だった。

「……?」

 ここにこんな絵があっただろうか?それに、この人どこかで……。

「レスペ、そんなところにいたの?」

 その時、母が声をかけた。「どこにもいなかったから探したのよ」と困ったように笑っていた。

「……ねぇ、お母さん。ここってこの絵が飾ってあったかな?」

 レスペがその絵画を見ながら尋ねると、「えぇ、もともとこの絵だったわよ?」と首を傾げられた。

「気に入ったのなら、その絵画が紹介されている美術本を買ってあげるわ」

 ほら、帰りましょう?と言われ、腑に落ちないながらもその場を去った。誰かに助けてもらったような、そんな気持ちになりながら。



 それから八年、二十歳になったレスペは日本にやって来ていた。その理由は、

「いらっしゃい」

 喫茶店「ファートル」の店主に会うためだ。ここの二代目店主は絵画に詳しいと聞いて、この「名もなき乙女」のことも知っているのではないかと思ったからだ。

「ご注文は?」

「えっと……コーヒーとサンドイッチをください……」

「分かりました。……それで、何か聞きたいことが?」

 自分から切り出そうとしたのに突然聞かれ、レスペは驚く。黒髪の店主は小さく笑って、

「そんな目をしていましたから。ボクに答えられることなら、何でも聞いてください」

 そう言ってくれた。

その好意に甘え、レスペは「名もなき乙女」のことを知らないかと尋ねた。

「絵画か……それならボクより別の人の方が詳しいかもしれませんね」

 そう言ったと同時に、茶髪の女性と青色の髪の青年が入ってきた。

「こんにちは、コーヒーを飲みに来た」

「いらっしゃい。丁度よかった、彼がお前達に聞きたいことがあるらしいんだ」

 店主の言葉に二人は疑問符を浮かべながら「どうしたんだ?」と聞いてきた。レスペがもう一度尋ねると、

「あぁ、その絵画のことか」

 青年の方が声を出す。続けて女性の方も「確か、数年前に見つかった絵画だったよな」と確認するように言った。

「この少女のモデルの名前を言ったらいいのか?」

「え?分かるんですか?」

 茶髪の女性の言葉にレスペは驚く。彼女は頷いて、

「この少女は、「ベニバナ」という少女がモデルになったと聞いている」

 その名前を聞いた瞬間、すべてを思い出した。それに気づいた店主は「何か分かったのなら、行きな。お代はいらないからコーヒーとサンドイッチも持って行って」と持たせてくれた。

「はい、ありがとうございます……!」

 レスペはお礼を言って、店から出た。

「優しいんだな、蓮」

「お前もな、涼恵」

 そんな会話が聞こえた。


 美術館に来て、レスペはあの絵画の前に来る。そして、

「……ベニバナ、迎えに来たよ」

 そう言いながら触れると、絵画のベニバナは目を開いた。そして、

 レ、ス、ペ

 そう口が動いたのと同時に、光が周囲を満たしてベニバナが出てきた。

 レスペがベニバナを抱える。ベニバナが小さく目を開くと、

「……レスペ、すっかり大きくなって」

 優しく、笑ってくれた。レスペはギュッとベニバナを抱きしめた。

「……ありがとう、ぼくを守ってくれて……」

 レスペが涙を流しながらお礼を言う。そして引き寄せられるように、唇同士が重なった。



一年後、二人は同棲を始めた。

「それにしても、君の方が年上になるとはね」

 ベニバナが笑う。彼女は戸籍上、なぜか十八歳のままだったのだ。つまり、今はレスペの方が年上になってしまう。

「絵画の世界に閉じ込められていたからかな?」

「かもしれないね。あの世界、時間が進みそうにないし」

 それに、一時期は忘れられていたのだから。戻ってくることが出来たのは奇跡に等しいだろう。

 でも、これはこれで幸せかもしれないと二人は思った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 様々な怪現象が起こる美術館でしたね。 最後はレスぺとベニバナが再会できてよかったです。
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