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勇者紀行〜sword of Greedia 〜  作者: 紅柚子葉
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第一話 始まりの日 前編

 花弁が舞い散る並木道を一台の馬車がゆったりと進んでいた。

「もうすぐだね、ホノルン王国」

「あぁ、そうだな」

 少年が荷台から前を覗くと、長く続く道の向こうに大きな街の城壁が見えてきた。

「帰ってきたぞ、俺たちの街に!」

 

「おにぃ、もう行くの?」

 一昨日五歳になったばかりのエンデルがクリュードの足にしがみついた。

「エンデル、離れてくれよ。もう馬車に乗らなきゃいけねぇんだよ」

 中々離れない幼子をなんとか優しく引き離そうとする少年の横で、少女はクスリと笑った。

「寂しいんでしょ? 二人はずっと一緒だったから」

「チサ。笑ってないで手伝ってくれよ」

「しょうがないなぁ。はい、エンデル。そろそろバイバイするよ〜」

「ヤダッ! 僕も行くの!」

「ごめんな、エンデル。学校に行けるのは十三歳からなんだよ」

 クリュードはしゃがんでエンデルの頭に手を乗せた。

「三年後に帰ってくるから。それまで留守番しててくれ。お前が、チサ姉を守るんだぞ?」

 そう言うと、エンデルは涙を拭いて大きく頷いた。それを見て少年は優しく微笑み、立ち上がった。

「そういや、オルガはどこにいるんだ?」

「仕事だよ。あの人結構忙しいから」

「息子の門出の日だってのに。なんて父親だよ」

「まぁまぁ、そうカリカリしないで。ほら、クルメトくん、ずっと待ってるよ」

 そう言われて馬車の方を見ると、一人の少年がこちらを睨みつけていた。

「悪いクルメト! 今行くよ!」

 そう言うと少年は荷台に飛び乗った。

「遅い、いつまで待たせるの」

「悪いって。それじゃ、行こうぜ!」

 操縦者の鞭が鳴ると、馬はいななきと同時に歩き出した。

「待ってろよぉ! 俺、絶対一番になってやるからなぁ!」

 蹄の音と共に遠くなっていく家族に手を振りながら、少年は叫んだ。

 

 三年後、ホノルン王国中央に位置する王城の中庭には、男性の笑い声が響き渡っていた。

「それで⁈ 『一番になる!』とか抜かしてた奴が、下から三番目⁈ だーっはっはっはっはっはっは!」

「オルガてめぇ! 笑いすぎだろ!」

 もはや過呼吸になりつつあるオルガに、クリュードは怒りが収まらなかった。

「しょうがねぇだろ。魔法学校は魔法しか評価しないんだよ。剣術だけなら俺が一位だった」

「それでも簡易魔法しか使えねぇとか、笑うなって方が無理だろ!」

 ジョッキ片手にテンションが下がる気配がないオルガに嫌気を覚えながら、クリュードはステーキを頬張った。

「……にしても、まさかクルメトくんが主席になるとはね。驚いちゃったよ。あ、パン食べる?」

 そう言ってチサはクリュードの背後からパンが二つ乗った小皿をテーブルに置いた。

「あいつ、昔から勉強得意だからな。魔法学校の歴史上初めて在学中に上級魔法を覚えたしな」

「へぇ、凄いねぇ」

「そういや、エンデルは?」

「勉強中。『おにぃみたいにイチバンになる!』って張り切っちゃって。隣のおばちゃんが作ってくれた問題を解けるまで会わないんだって」

 そう言いながら、チサはパンを手に取り口に運んだ。

「おい、それ俺のじゃないのかよ」

「あ、そうだった。私が焼いたパンって結構美味しいからさ、つい」

「まぁ、それは否定しないけど」

 クリュードの言葉でニヤつくチサの横で、少年はパンを手に取った。

(これ食べるのも久々だな)

 香ばしい麦の香りに誘われるように口を近付けた、その時だった。

「キュエエエエ!」

 高音の鳴き声と共に、パンはクリュードの手から離れた。

「あっ! ホークル!」

 空を見上げると、一羽のホークルがパンをしっかりと足で掴んでいた。

「うーん、どうしよっか。よし、もう一個焼いてくるね、クリュー……ド?」

 少し空を見上げていたチサが下を見ると、彼が座っていたはずの椅子が空席になっていた。

「待てやコラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 門の方から聞こえてきた怒号で、チサは全てを察した。

 

 城を出て、街を抜け、森の中を少年は走っていた。その目線には、丸いパンを掴んだ一羽の鳥しか写っていなかった。

(くそっ、空なんか飛びやがって。こうなったら………)

 クリュードは走りながら足元にあった手のひらサイズの石を掴むと、左足を強く踏み込んだ。

「パン返せやぁーーーっ!」

 彼の心の叫びと共に放たれた石は、ものの見事にホークルに命中した。ふらふらと落ちてくる鳥の行方を追うと、ボロボロの小さな家屋に辿り着いた。

「なんだ? ここ」

 この森は普段、狩りや木の実などの採取以外で立ち入ることのない深い森だ。人が住んでいるという話は聞いたことがない。よく見てみると、屋根に大きな穴が空いていた。

(ホークルが落ちた穴か?)

 危ないと分かってはいたが、クリュードは恐る恐る家の中に足を踏み入れた。

 中も外観同様ボロボロで、恐らく机や椅子だっただろう木材が散乱していた。灯りは当然無く、屋根の穴から降り注ぐ日光だけが室内を照らしていた。

「なんなんだよ、ここ」

 もう少し中に入ってみると、床に気絶しているホークルを見つけた。が、その足にパンは無かった。

「空中で気絶して離してしまったのか」

 少し残念に思いながらも、クリュードの脳内はパンよりもこの家に興味を持っていた。少し見回していると、彼のつま先にコツンと何かが当たった音がした。

 拾ってみると、それは埃まみれの白い十字架だった。ちょうど手で握れるほどの大きさで、埃を払ってみると交差している部分に小さな鉱石がはめ込まれていた。

「なんだ? これ」

 不思議に思ってずっと十字架を見つめていると、彼の背後からガタッという大きな音が聞こえた。慌てて振り返ると、そこには呆れ顔のクルメトが立っていた。

「こんなところで何してるの」

 クリュードは咄嗟に十字架を背中に隠し、苦手な作り笑いを見せた。

「お、お前こそ何やってんだよ」

「これ、君に届けにきたんだよ。チサちゃんが渡してくれって」

 そう言って差し出された右手には、チサのパンが乗っていた。

「一個余ってるのをあげるって」

「おぉ、ありがとな」

 クリュードは背中のズボンに十字架を挟むと、クルメトからパンを受け取った。

「で? なんでこんなところにいるの? パンを追ってたんじゃないの?」

「その通り、パンを追ってたんだよ」

 そう言ってクリュードは気絶しているホークルを指差した。それを見て、クルメトは大体の状況を察した。

「まぁ、新しいパンを持ってきたんだから、それでいいでしょ?」

「あぁ、ありがとな」

「じゃあ帰ろう。オルガさんが酔っ払って大変なんだ。君が落ち着かせてくれ」

「はぁ、分かったよ。ま、どうせ今頃チサが部屋のベッドに放り込んでる頃だろうよ」

 クリュードはパンを頬張りながらその家を出た。

「そういや、どうやってここまで来たんだ? 結構遠かっただろ」

「君は足が速すぎるんだよ。僕は“飛行フライト”を使っただけ。この魔法板に使えば、低空で操作は難しいけどそれなりの速さで移動できる」

 そう言ってクルメトは地面に置いておいた自分の体ほどの大きな魔法板を手に取った。

「んじゃ、乗せてくれよ。俺走りすぎて疲れて──」

 その時、森中の鳥たちが一斉に飛び去っていく音が二人を包んだ。

「なんだ?」

 そう言って二人が上を見上げたその時、空を覆うほど巨大なドラゴンが二匹飛んでいくのを目撃した。

「な、なぁ……今飛んで行った方向って……」

 クリュードのその言葉にハッとしたクルメトは、魔法板を地面に置くと、その上に乗って手を置いた。

「“飛行フライト”っ!」

 彼がそう唱えると、魔法板上に魔法陣が現れ、それと同時に上空へと飛躍した。

「おい! どうなってる!」

 必死に声をかけるが、彼には届かなかった。彼は、今王国で起こっている惨状を目撃していたのだから。

 先程飛んで行った二体、そして、既に王国に到達している二体、合わせて四体のドラゴン。それらの足元から灰色の煙が数えきれないほど立ち上っていた。

「な……なんだ、よ。あれ……」

 絶望のあまり、魔法が消え落ちてしまったクルメトをクリュードはしっかりとキャッチした。

「おい、どうなってた」

「……街が、僕らの街が、燃えていた」

 クルメトの声は、かつてないほど震えていた。その様子を見たクリュードの息は、少しずつ荒れていった。

「……行くぞ」

「えっ」

「帰るぞ、俺たちの街に」

 クリュードの強い視線が、クルメトの弱った心に鞭を打った。彼の腕の中から立ち上がると、近くに落ちている魔法板を手に取った。

「乗って。高速で、いや、爆速で行くよ」

「おう!」

○ホノルン王国


・グリム大陸を統治している王国。大陸の中央には火山があり、その麓の町では温泉が楽しめる。

・火山の地熱を利用した果実や野菜など農業が盛んであり、農作物の輸出量では六大国の中でトップである。

・政治は主に議会で行われ、国王が議長を務めている。

・火山の地熱の影響で気温は安定しており、噴火もあまり怒らないことから「一番住みやすい都市」に選ばれたこともある。

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