.7「いける」
10分ほどして、キースさんたちが戻ってきた。
俺とユズリさんがどれだけ頭を低くできるか競うように土下寝しあっている様子を見てかまたツボに入りかけていたが、そこは仲裁が入る。危なかった、またあんなふうに笑い転げていたら、キースさんは確実に命を落としていただろう。
ともあれ、四人が揃ったところで、そろそろ出立しようということになった。現在時刻は午前7時。5時ごろに目が覚めていたから、2時間もここでわちゃわちゃしていたことになる。
俺たち四人には魔王討伐という使命があるのだ。正確には俺とユズリさん。もっと言えば俺が一人で十分に旅をこなせる程度に強くなったら、ユズリさんの使命は終わるので、実質俺一人の命題だ。
「魔術、馬車ん中で教えてやるよ。こう見えても、そこの護衛さんの元家庭教師だ」
「そうだったんですか!?」
ユズリさんを見ると、こくこく頷いていた。かわいい、のは置いといて、意外な事実だった。
意外なだけで、まあだからどうということもない。むしろ心強くなった。これだけ強いユズリさんの家庭教師なんだ、その指導力は間違いないだろう。
「ま、護衛ちゃんは何もしなくてもそんぐらい強かったけどな。俺、知識面しか教えてねえし」
当てにならなくなった。……が、どちらにせよありがたいことではある。ユズリさんと話をすると、何故だか気づいたら謝罪大会になっているから、普通に話ができるキースさんに頼んだ方が早いだろう。しかし何で話が成立しなくなるんだろう、ユズリさんはちゃんと喋れてるんだけどな? 俺のせいかな?
……悲しくなってきたので、考えることをやめ、馬車に乗り込んだ。
ヒヒーンと、動き出す。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――魔術には、ランクってのがある。さっきヒメカが使ったのが初級。上に中級、上級があって、それ以外は全部例外級。固有魔法とか、文字通り例外な能力を持った魔術だな。まー考えなくて良い」
馬車の荷台で、向かい合い座っていた。キースさんは身振り手振りを交えながら教鞭を執る。
「お前が考えるべきは、まず中級だ。火属性の中級魔術を使えるようにする。実演してみせるから、同じくらいの火球を飛ばせるように頑張ってみろ」
そう言って、キースさんは剣の切先を後方。木々の生い茂る方へ向けた。
「ちょ、そっちは森が――」
「ファイア」
短い詠唱。と同時に、剣が赤く発光する。血管のような、脈動する細い管が現れ、それを通ってマナが剣先に集まってゆく。
剣の中央に、サッカーボールぐらいの火の玉が生成されていく。感じるエネルギー。そこにあるマナの量は、俺が朝に出したものとは比較にならない。
やがて、二秒ほどだろうか。形が安定した火球を、真っ直ぐに突き出し――
「ブラスト!」
叫んだ。大きな反動が、彼の腕を振り上げる動作から伝わってくる。ちょうど銃の片手打ちのようだ。
火球は、一瞬にして視界の外へと消えていた。――木々への着火はない。
息が詰まった。これが、魔術。王城で見たもの。ユズリさんの固有魔法。どれもが俺にとって神秘的なものだったが、この感動は、そのどれもを遥かに凌駕していた。
「……いける」
その確信が、俺の心を大きく揺り動かしていた。