.2「上手く行きそうもない」
それは、まさしく運命とでも呼ぶべき出会いだった。マジやば美少女との出会い、彼女は俺の護衛。そして俺は勇者。テンションが上がらないわけがなかった。
「……あ、え、あ、はいどうも、よろしく……あっ俺はヒメカです、ヒメカ」
「……知ってます」
「あ、すみません……」
「いえ……」
問題があるとしたら、そんな人間とまともな会話なんて、俺に出来るはずがないということか。
いっきにテンションが地の底に落ちる。同時に、これから俺は、こんな調子で彼女と関わって行かなければならないのかと絶望した。俺の女性経験といえば、お母さんから貰ったチョコレートぐらいのものだ。
そんなふうに1人項垂れていると、王様が呼びかけてくる。
「では、勇者様。以降の案内は彼女がいたします。準備が整いましたら、メイドに申し付けを」
「あ、はい……」
それを最後に、俺は部屋を出る。後を着いてくるユズリさんが気になって仕方がない。
ばたり、扉が閉まった。
「……えっと」
「あー……」
互いに、ちらちらと視線を交わす。彼女は、困ったようにこちらを伺っている様子だ。多分、こんなんに話しかけたくないなーって思ってる。早くも死にそうだ。メンタルが。
上手く行きそうもないと思った。
……まあ、その辺の感情は一度脇に置いておくことにする。今日中にはここを出ていかないといけないのだ。準備は、早いに越したことはない。
勇気を出して話しかける。本当に、ここまで頑張ったのはいつぶりだろうと言うくらいには振り絞った勇気だった。
「……その、案内よろしくです」
「あ、はい」
すると、とても素早い動きでユズリさんは背を向けて、黙って歩き出した。着いてこいということなのだろう。大人しく着いていくが――
俺は凄く凹んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
勇者というのは、ひとつ、何者をも凌駕する”欲求”を持っているものらしい。この世界で、魔術を行使するための原動力。それが誰よりも大きいから、勇者は勇者たるのだそうだ。
昔、聞いた話。王様がしてくれた話だ。それを聞いて、私はその存在に酷く憧れた。自分の、どうにもならないことに囚われない、そんな存在。自分が自分であることを躊躇わない彼らに羨望を抱き、彼らの冒険譚を読み漁った。
「ユズリ。君には、新しくやってこられた勇者様の護衛について貰います。この国の状況は知ってのとおり、非常に危うい。育成に、人手を裂けません」
フリード様はそう言って、私の頭に手を置いた。
「君は強いので、どんな敵が相手でも確実に勇者様をお守りできます。それに、育てることも。彼の旅路をサポートしながら、その才能を見極めてください」
「……はい、陛下」
彼は、昔私が抱いた想いを、覚えていてくれたのだろうか。そう思うと、感謝と感動で胸がいっぱいになる。
父親ような人だ。突然変異の魔人族。忌み嫌われて路地裏に捨て置かれていた私を拾って、育ててくれた人。
ただでさえ、軍の侵攻で魔族には逆風の時代だ。そんな中、山羊人の私を拾い育て、あまつさえ自身の側近として置いている。あまり想像力のない私には、きっと思いもよらないような苦労をしてきただろう。
それでも、彼は私に向き合い続けてくれた。私が生まれ持った、色々なこと。それは欠点であり、汚点であり、罪だった。少なくとも、私にはそうとしか思えなかった。けれど彼は、それを受け入れ、肯定してくれたのだ。
「大変な仕事になると思います。けれど、君ならできると信じていますよ」
「……頑張ります」
だから、私も無条件で彼を受け入れる。……今回は、どちらにせよ願ったり叶ったりだけど。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
どうも、勇者様と上手くお話することが出来ない。倉庫で勇者様――ヒメカ様が使われる武器を選定しながら、どうしたものかと考える。
そもそも、あまり人と話をした経験がないような気がする。面と向かって会話したことがあるのはフリード様と、メイドさんたちと、あと他の国の騎士の人たち。……ぐらい?
とりあえず、選んだ短剣と盾を持って、黒髪黒目の勇者様の方を向き、呼びかけた。
『……あの』
声が被って、思わず目を逸らしてしまった。ヒメカ様も同じような動きをしている。多分、私の動きを不気味に思ったんだと思う。
少し落ち込みながら、気を取り直して彼の方に向き直る。彼は、両手にそれぞれ短刀と軽い素材でできた盾を持っていた。
「あー、いや、俺力ないんで、大きいものは持てなくて……んで、打撃系のも、まあ筋力でゴリ押さないとムズいのかなって、思ったんですよ」
彼は自信なさげな声色で、おおよそ私が考えていたことと同じ内容を話す。元いた世界は、こういった武器や戦いに縁遠い場所だったと言うから、それでここまできっちり考えられるのは、頭がいいのだなと思う。
まあ、とにかく訂正するべき部分は無い。そのまま肯定しようと、返事をした。
「あ、はい、いいと思います……先程、長剣持っていましたよね」
「まあ……持てはしなかったですけどね、落としちゃったんで」
「あは……」
……全く会話が続かない。フリード様とか、メイドさんとかとは、もうちょっとちゃんとお話できてた気がする。
私は、自分がここまで口下手だったことに驚き――なんだか、上手く行きそうもないと思った。