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5 美少女教師じゃないから

 年が変わり、1880年1月。

 この大英帝国は、世界中に領土を持つ覇権国家だ。

 だが、その力は斜陽でもあった。


 貧富の差は激しく、貴族・地主たちと、下層階級は鋭く対立している。

 さらに第二次バクトリア戦争での敗北、長引く不況、そして国王暗殺が重なり、保守党の首相ビーコンズフィールド伯爵は辞任に追い込まれた。


 この国では、国王が政治の大権を握りつつも、貴族と国民の代表である議会がある。選挙で選ばれた議会の多数派が、首相を選出して、国王と協力しながら政治を行うのだ。


 そして、自由党の政治家グラッドストンが、自由主義と平和主義を高らかに謳い、熱狂的な支持を集めていた。翌月の選挙での勝利は確実視されている。


 けれど、そんな世の中のことは、このクラレンドン魔法学校には、無関係だった。

 ただただ、平和に時間が過ぎていく。


 俺は、無事に……あまり無事ではないが、ともかくクラレンドン魔法学校の高等部一年生に進学した。

 

 授業が始まって二日目。

 フレイアの授業に初めて当たった。高等部の教授であるフレイアは、中等部での授業を受け持っていないので、これまで俺は授業を受けたことがなかった。


 魔法学校での教育は二本立てで、師匠から弟子への個人指導と、多数の生徒に対する講義とが並行して行われる。


 いずれにせよ、この名門魔法学校との教授になるというのはかなりの名誉なことで、それを17歳で達成したのは偉業だった。

 みんなもそれはよく知っているから、どの生徒もフレイアの授業にかなり興味を持っていた。


 俺は長椅子の端に座り、ぼんやりとフレイアがやってくるのを待った。複数クラス合同授業なので、受講者の数は多い。


 俺の隣に小柄な少女がちょこんと腰掛ける。

 振り向くと、目があった。幼なじみのセシリアだ。

 銀色の大きな目で、なぜか俺を睨んでいる。


「フレイア先生の授業、楽しみ?」


「楽しみってことはないけれどね」


「……本当に?」


 疑うような目で、セシリアは俺を見る。

 まあ、たしかに、興味があるといえばある。俺と二つしか歳が違わない少女が、どんなふうに授業を行うのか。


 とんとんと後ろから肩を叩かれる。今度は誰だろう? そう思って振り向くと、そこにいたのは、フレイアだった。

 赤い色の長い髪を優雅にかき上げ、同じく真紅の美しい瞳で俺を見つめている。


 教室の前から登場すると思ったので、俺はあっけにとられた。

 そんな俺を見て、フレイアはくすっと笑った。


「どうしたの、エル? そんなにびっくりした顔をして」


「いえ、その、教室でフレイア先生に話しかけられるとは思わず、驚いたものですから」


「わたしは師匠、あなたは弟子。何も不思議なことはないじゃない?」


 心底不思議そうに、フレイアは首をかしげて言う。そんな仕草も可愛らしくて、さすが学園のアイドルだと思ったが、問題は俺たちが注目を集めてしまっていることだ。

 ただでさえ、フレイアが師匠というだけで、俺は目立つし、やっかまれさえする。そのうえ、先日のフレイアを助けた一件でも、注目を集めてしまった。


 こんな大勢いるところで話しかけられると、さらに目立ってしまう。周りがじっと俺を見つめている。好意的な視線もあるし、それ以外に、好奇心や嫉妬、それに敵意のこもった視線も混じっている。


 フレイアは俺の正面へと回り込んだ。そして、身をかがめる。すると、フレイアの大胆な衣装のせいで、胸の谷間が強調され、どきりとする。


「それとも、エルは……わたしに話しかけられるのは嫌?」


 ちょっと不安そうに、フレイアが言う。その真紅の瞳が揺れていた。

 そんなしおらしい態度をとられたら、「嫌」なんて答はできない。


 俺は肩をすくめて、微笑む。


「まさか。フレイア先生みたいな美少女教師に話しかけられたら、たいていの男子なら大喜びですよ」


「あなたも『たいていの男子』に入るわけ?」


「それはそうですよ」


「ふうん」


 フレイアはちょっと頬を赤くして、それから早口で言う。


「でも、わたしは『美少女教師』じゃなくて『美人教師』だから。わかった?」


「年齢を考えたら、美少女教師のほうがしっくりきますけれど」


「口ごたえしないの。あと、今日の全部の授業が終わったら、わたしの研究室に来なさい」


「どうしてですか?」


「師匠が弟子を呼ぶのに、理由が必要? これは命令だから」


「命令って、師匠が弟子にするものですかね?」


「弟子は師匠に絶対服従。違う?」


「どこの世界の師弟ですか……」


 そんなことを話していたら、いつの間にか授業開始の時刻が近づいていた。

 慌てた様子でフレイアはひらひらと俺に手を振り、「じゃあね」と言って、教壇の方へと向かった。


 そんなフレイアを、俺はしばらくぼーっと見つめ、そして、はっとする。

 隣では、セシリアが頬を膨らませていた。


「エルくん……」


「な、なに?」


「フレイア先生みたいな美少女教師に話しかけられたら……エルくんみたいな男の子は喜ぶんだものね。そうだものね」


 ご機嫌斜めのセシリアに、俺は言い訳しようとしたが、セシリアは聞く耳持たず「エルくんは、フレイア先生みたいな人がいいんだ……」と小さくつぶやいていた。

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