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4 互いの秘密

 失礼します、と言って、俺は部屋に入った。


 フレイアを暗殺から助けた次の日、俺は彼女の研究室に呼ばれていた。

 魔法学校の研究棟の七階にあるその部屋は、とても広々としていて、豪華な樫の木の机が中央にどんと位置している。

 フレイアは、その後ろの赤い椅子に深く腰を下ろしていた。


「そのへんの椅子に座ってくれる?」


 そう言われて、俺は言われるがまま、適当な椅子を探して座ってみた。

 そして、フレイアは口を開かず、真紅の瞳でじっと俺を見つめた。

 居心地が悪い。


 この人は何を考えているのだろう?

 その端整な顔がすぐ近くにあると落ち着かない気分になる。

 

 最初に会ったときは、俺と関わるつもりはないと言っていたのに。

 机の上のチェス盤に、俺は気づく。


 象牙でできた高級そうな白と黒のコマが並んでいる。

 ただ、全部のコマが盤上に並んでいるわけじゃない。


 おそらくチェス・プロブレム、つまり、チェスのコマで作られた難易度の高い問題を解こうとしていたのだと思う。

 俺は二秒ほど考え、沈黙を破るために口を開く。


「三手目のポーンの成り方が問題ですね」


「もしかして解けたの?」


 俺は、コマの動かす順番を読み上げた。これで解決のはずだ。

 フレイアは盤上をしばらく見つめ、そして、うなずく。


「正解みたい。頭がいいのね」


「天才フレイア先生と比べれば大したことありませんよ」


 俺は軽口を叩いたが、フレイアはじっと俺を見つめていた。

 そして、ぽんと机の上の書類を叩く。


「あなたのことを調べさせてもらったの」


「俺になんか興味がなかったのでは?」


「気が変わったわ」


 こころなしか、フレイアの頬が赤くなった気がする。

 彼女は早口で言う。


「魔法の才能は一切なし。けれど、ラテン語、ギリシア語の基本言語二科目は、最優秀ランクの成績じゃない。おまけに基礎教養科目の幾何学、歴史、音楽は学年で二番か三番に入るほどなのね」


「魔法が使えなかったら、この学校では何の意味もありませんよ」


 フレイアは、首を横に振った。

 他人の能力を厳しい目で見ても、魔法至上主義者ではないのかもしれない。


「昨日はひどいことを言ってごめんなさい」


「まあ、俺が魔法を使えないというのは事実ですから」


「わたしはね……自信がないの」


「フレイア先生ほどの天才少女が、自信がない?」


 俺は口にしてから、「天才少女」という表現が嫌いだとフレイアが言っていたことを思い出した。けれど、フレイアは何も文句を言わず、恥じらうようにうつむいた。


「わたしみたいな少女が……誰かを教えることができると思う?」


 ……ああ、なるほど。フレイアは弟子はいらないと言っていた。けれど、それは手間を省きたいというより、不安だったのだろう。

 どれほど魔法の天才だったとしても、自分とほとんど変わらない年齢の生徒の指導をすることができるかどうかはわからない。


 フレイアの俺に対する暴言には、それなりの理由があったのだ。俺は納得して、じっとフレイアを見つめた。フレイアは視線を俺に向け、真紅の瞳で俺を見つめ返した。


「それに……わたしを助けてくれてありがとう」


「ああ、いえ、まぐれですよ。あれは」


 涙目になっていたフレイアのことを、思い出す。今みたいに冷静であれば、大人びた美しさがあるが、昨日、暗殺者に襲われた直後のフレイアは、年相応の少女のような可愛らしい雰囲気だった。


 フレイアが俺を睨む。


「なにか失礼なことを考えていたでしょう?」


「いえ、特には」


「それに、まぐれってことはないでしょう。あなたはなにか特殊な戦闘の訓練を受けている」


 俺は肩をすくめた。当たりだが、今の所、フレイアにその理由を教えるわけにはいかない。

 実のところ、俺の父は帝都警視庁の警部だが、俺自身も秘密裏に警察の一員だった。昨年の国王暗殺をきっかけに、特殊警察が結成された。

 特殊警察の目的は、国家を揺るがす危険組織による犯罪を未然に防ぐこと。そのためには、幅広い協力者が必要だ。軍人、市井の商人、医者、それに学生。

 俺がこの学校に送り込まれているのは、特殊警察の協力者だからだ。貴族の子弟を狙った事件が起きたとき、迅速な初動対応を行うのが俺の使命だった。


 が、それはあくまで秘密であり、フレイアに話すわけにいかない。

 フレイアも俺が素直に話すとは思っていなかったのか、言葉を続けた。


「ともかく、あなたをわたしの弟子にします」


「俺に、護衛をさせるつもりですか?」


「あくまで弟子よ」


「暗殺されそうになった心当たりは?」


「それを言ったら、あなたの正体を教えてくれる?」


 俺はくすっと笑った。


「そういうわけにはいきません」


「わたしも同じ。秘密を抱えた者同士というわけね」


 フレイアは微笑んだ。その笑顔はとても可憐で……魅入られるように、俺は見とれてしまった。

 はっとして、慌てて俺は姿勢を正した。


 このフレイアという少女は何者だろう?

 17歳にして教授になった天才魔法少女。公爵スカーレット家の娘。学園のアイドル。

 そのどれもが、暗殺の対象になる理由とは思えない。


 フレイアの秘密は、いったい何なのか? 俺がフレイアの弟子になったのは、偶然ではないかもしれない。


「どうしたの? わたしに見とれていた?」


「そうだといったら?」


「わたしは美人だから、当然ね」


 冗談めかして、フレイアは言った。

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