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3 何者なのか


 フレイアが立ち去ろうとした瞬間、銃声が鳴り響いた。

 あたりの生徒たちが、ぎょっとする。


 大英帝国を代表する魔法学校で、銃弾が飛び交うことなどない。

 普通ならば、そのはずだ。


 しかし、もし、魔法学校に命を狙われる対象がいるとすれば――。


 フレイアは氷のように、その場から動かず、固まっていた。

 銃弾はフレイアの目の前を通り過ぎ、時計台にぶつかった。

 明らかに銃はフレイアを狙っていたのだ。

 

 次の瞬間、俺はフレイアを押し倒していた。


「なっ、なにを……するの!?」


「伏せてください!」


 俺の下に、フレイアの華奢な身体が組み敷かれている。普通ならどきりとするような状況だが、それどころではない。

 とっさの俺の判断は正解だった。

 銃声が二度、三度と鳴り響き、銃弾が俺たちの頭上を通り過ぎた。

 

 俺がざっとあたりを見回すと、一人の男が拳銃を構えている。まだ若い、二十代ぐらいの使用人の男だろうか。

 緊張した表情を浮かべている。手にしている拳銃は、合衆国コルト社製のものだった。南北戦争で山程使われて、闇市場に流れた代物だ。


 全寮制の魔法学校には、生徒と教師以外にも多くの使用人がいる。たとえば、食堂の料理人。あるいは寮の清掃係。

 そうしたなかに、暗殺者が紛れ込んでいたということか。


 しかし、かなりの至近距離から銃を使用しているのに、狙撃に失敗している。本来だったら、一発で仕留めて人混みのなかに紛れるつもりだったんだろうけれど、それにも失敗しているようだ。

 殺しのプロではないのだろう。もともと学校の使用人だった人間が、金で雇われたか、あるいは脅迫されたか。


 俺はそこまで考えて、相手を見据えた。

 手が震えている。目にも怯えが会った。

 人を殺す覚悟もないのだろう。


「お、おい、そこをどけ。俺が殺さないといけないのは、その女だけだ」


 上ずった声で男が言う。無関係の俺を巻き込みたくない。だから、銃が撃てない。

 相手の思考を理解した上で、俺は静かに言う。


「この状況じゃ、仮にフレイア先生を殺せても逃げられない。降伏した方が身のためだ」


 いずれ騒ぎを聞きつけた帝都警察(スコットランドヤード)がやってくる。そうなれば、これだけ目立ってしまった以上、必ず逮捕される。


 だが、男は首を横に振った。


「家族を人質に取られている。必ず殺さないといけない」


「命がけってわけか」


 周りの生徒も教師も、俺以外は、完全に固まってしまい、機能不全だった。今の時代、魔法が使えるとはいえ、それを戦闘に応用したことなど、ほとんどの魔術師が経験していない。

 戦争の道具が銃と大砲になってから、久しい時が流れているのだ。


 というわけで、俺がなんとかするしかない。

 俺は魔法が使えない。しかし、こういうことには慣れているのだ。


 俺はさっと立ち上がり、男に飛びついた。やや危険な賭けだったが、案の定、男は銃を撃てず、俺は男を殴り倒し、銃を奪った。

 男は気を失い、拳銃は俺の手のなかに入る。


 一瞬のことだったが、俺は成功したわけだ。

 ほっと息をつく。


「エルくん」


 セシリアが俺に近寄ってきて、そして、俺に抱きついた。

 ぎゅっと抱きしめられて、俺はうろたえる。


「あまり無茶をしないでほしいな」


「ごめん」


 俺はぽんとセシリアの頭に手を乗せる。

 だが、まだ終わっていなかった。


「きゃあっっっ!」


 フレイアの甲高い悲鳴が響いたのだ。

 見ると、別の男が、フレイアに銃を突きつけ、羽交い締めにしていた。

 しまった。まさか二人目がいるとは思わなかった。


 フレイアは真紅の瞳に、涙をため、助けを求めるようにこちらを見る。

 男は深い髭面で、にやりと笑う。


「この女の命が惜しければ道を開け」


「で、逃げた先でフレイア先生を殺すんだろう?」


 俺が問い返すと、男はにやりと笑った。 


「さあな」


 間違いない。この場でフレイアを殺さなかったのは、逃走経路の確保のためだけで、どちらに転んでも、男はフレイアを殺すつもりだ。

 それなら、この男をなんとかしないといけない。しかし、さっきの男と違って、戦闘経験がありそうだ。


 俺は、セシリアの肩をたたく。彼女は心配そうに俺を見つめながら、俺から離れる。

 そして、俺は奪った拳銃を構えた。馬鹿にしたように髭面の男は笑う。

 

「小僧。おまえがその銃で俺と渡り合うつもりか?」


「それ以外にどう見える?」


「銃の素人じゃ、この距離だって当てることはできんさ。それに、俺も銃を持ち、おまけに人質もいる」


 羽交い締めにされたフレイアは、ちょうど盾のような格好になっている。男の右手で拳銃を突きつけられている。

 赤い髪を振り乱し、俺に向かって口を動かす。

 おそらく「助けて」と言っているのだろう。さっきまで俺を見下していた相手が、俺に助けを求めるのは、悪くない気分だ。


 では、ご要望にお応えするとしよう。 


 俺は銃の引き金を引いた。

 銃弾が放たれ、正確の男の右手を撃ち抜いた。


「なっ……!」


 男は驚愕に目を見開き、銃を取り落した。血を流す手を「信じられない」という顔で見つめている。

 俺はにやりと笑う。


「銃の素人じゃなくて、悪かったね」


 そして、俺は拳銃の銃床で男のこめかみを強かに打った。男はそのまま気を失う。

 今度こそ、一件落着だろう。


 フレイアはへなへなとその場に倒れ込み、そして、涙をぽろぽろとこぼしていた。

 さすがの天才少女も、「怖かった」ということだろう。


 俺はフレイアに手を差し伸べた。


「立てますか、先生?」


「……あなたは、いったい、何者なの?」


 フレイアは、真紅の瞳で俺を上目遣いに見つめる。その瞳には、驚きと称賛の色があった。

 俺は微笑んだ。


「ただの落ちこぼれですよ」

次回から師弟生活のスタートです。


ちょっぴりでもいいな、エルとフレイアの二人がどうなるか気になる、と思っていただけましたら、


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