2 ツンデレ教師の登場と、一発の銃弾
俺がFランクというのは、予想されていた結果だった。
俺自身、魔法が使えないことがわかっているのだから。
そんな俺を、セシリアは気遣うように見る。
「エルくん……その……」
「慰めはいらないよ」
「ううん、エルくんと一緒のクラスになれないのが残念で……」
ああ、そちらが気になっていたのか。
俺は肩をすくめて、くすっと笑った。
「べつに俺なんかと一緒じゃなくても、セシリアは平気さ」
「平気じゃないもん」
セシリアは残念そうに小さくつぶやく。
ともかく、俺は魔法が使えないのに、魔法学校の生徒だった。
魔法学校という名前こそあれ、大英帝国の名門中等教育機関の一つとして、魔法を教えているにすぎない。
魔法の理論と、古典語に詳しければ、試験は最低限パスできるし、在籍できる。
魔法の使えない「欠格者」と呼ばれても、困ることはないのだ。
卒業してオックスブリッジのどちらかの大学に進めば、一応エリートコースを歩める。
そして、俺がここに在籍しているのは、もう一つ目的があった。
だから、俺自身は、魔法が使えないことは気にならないのだが、周りはそうは思わない。
俺の知り合いの何人かは、これみよがしに、俺を指差して笑っている。
そんな連中を、俺は相手する気はない。けれど、セシリアは心配そうだった。
「エルくん……その……」
「大丈夫。俺は魔法なんて使えなくても、ちっとも困らない。それより、指導教官が誰になるかが問題だ」
高等部になると、指導教官、つまり魔術の師匠がつく。優秀な生徒には優秀な教師がつきっきりで教える。逆に落ちこぼれたちは、一人の冴えない教師がまとめて大量に教えることになったりする。
そういうわけで、俺の師匠も当然、そういう落ちこぼれ用の教師になると思っていた。
グレンという教師は、ラテン語が専門だが魔術師でもあるので、落ちこぼれを多数弟子にしている。しかも平民であろうと差別しない。
だから、俺の師匠はそのあたりの人物になると思っていたのだけれど……。
ランク付けの横に、俺の師匠の名前が書いてある。
フレイア・スカーレット。
それは、飛び級で魔法学校と大学を卒業し、わずか17歳で名門校の教授となった少女だった。
天才のなかの天才。
選ばれし魔術師。
そんな人間が、どうして俺の師匠になるのか?
俺は疑問に思った。
しかも、フレイア先生の弟子という生徒は、俺以外には見当たらない。
魔法学校がどういうふうに師匠を選定しているかは、謎だった。
誰の意思なのだろう?
そんなとき、周りがざわつく。
一人の女性教師……いや、少女教師が現れたからだ。
十人いれば十人の人間が振り返るほど美しく、そして、特徴的な容姿だった。
赤色の美しい髪を長く伸ばし、そして、燃えるような真紅の瞳。
赤い特製のローブを身にまとっている。
それが、フレイア・スカーレット。通称「真紅のフレイア」だ。
17歳という年齢もさることながら、フレイアはその可憐な容姿でも学校では有名だった。
すらりとした脚がちらりと見え、軽く胸元がはだけた、大胆な服装もポイントだとは思うけれど。
そんなわけで、フレイアは一部の男子生徒のあいだではアイドル扱いすらされている。
そんな彼女が、俺の師匠。
あまりピンと来ない。
風が吹き、歩くフレイアの真紅の髪がふわりと揺れる。
そして、いつのまにか、フレイアは俺の前に立っていた。あたりの生徒たちが、俺たちの様子を固唾を飲んで見守る。
「あなたがエル・レストレードよね?」
綺麗な、とても澄んだ声だった。有名人だから、姿は見たことがあったけれど、声を聞くのは初めてだ。
その赤色に輝く瞳に、俺は吸い込まれるように魅入られる。
セシリアが俺のローブの裾を引っ張らなければ、そのまま見とれたままだっただろう。
ジト目のセシリアに睨まれ、俺は慌てる。
そして、照れ隠しに、精一杯、皮肉な答を返す。
「今まで他の名前で呼ばれたこともありますけれどね」
「ふうん。養子ってこと? 平民のことはよくわからないわ」
フレイアは、冷たく言い放った。貴族らしい傲慢さだ。
彼女はスカーレット公爵家の娘だった。
容姿も、身分も、才能にも恵まれた存在なのだ。羨ましい。
ちなみに、俺が別の名前で呼ばれていたという事実を、養子に結びつけるのは鋭いと思う。
さすがは天才少女。
察しのとおりで、俺はたしかにレストレード家の養子だった。
俺はこのフレイアという人間に興味を持った。だが、フレイアは、年齢こそわずか二つ違いだが、俺とはあまりにもかけ離れた存在だ。
一方、フレイアは、俺のことにあまり関心がないらしい。
「あなたには何も期待していないの。だって、あなた『欠格者』なんでしょう?」
「そうでしょうね。期待というのは、期待できる相手にするものですから」
少なくとも、魔術の弟子としては、俺はまったくの不向きだろう。
なんといっても、魔法の一つも使えないのだから。
だとすれば、フレイアが俺の師匠に選ばれたのは、謎が深まるばかりだが。
ともかく、フレイアは淡々と事実を言い、俺もそれを受け入れていた。
一人だけ納得していない人がいた。
セシリアだ。
「フレイア先生の言い方は、ひどいですよ。エルくんも……この学校の生徒なんですよ? それに弟子になるんですから」
「わたしはね、弟子なんていらないし、この子を弟子にしたつもりはないもの。魔法が使えない生徒を、形式的に弟子にすれば、教える手間が省けるでしょう? 何も教えなくても、何かを教えたのと変わらない状態なのだから」
「なるほど。さすがは天才少女。それは効率的ですね」
俺は心から感心して言ったつもりだったんだけれど、フレイアはそうは受け取らなかったようだった。
嫌味だと思ったらしい。
綺麗な眉をひそめ、フレイアは言う。
「その『天才少女』って呼び方、やめてくれる?」
「気に触りましたか?」
「年齢のことを問題にされるのは嬉しくないの」
まあ、たしかに天才少女という言葉には、「少女の割には」天才という意味があるかもしれない。
このフレイアという人も、恵まれた環境で育ったのだとは思うが、それでもいろいろとあったのかもしれない。
フレイアは、俺の内心に構わず言う。
「まあ、どうせあなたとはもう会話することもないんだから、良いんだけれど。わたしを師匠とは思わないでね?」
用件は告げたというように、フレイアは立ち去ろうとした。
俺も彼女を引き止める理由はなかった。
そのままであれば、俺とフレイアは、本当に二度と会話することもなく、互いを誤解したままだったかもしれない。
けれど。
一発の銃弾が、運命を変えた。
次回にはデレるかも(早い?)。続きが気になる方はブクマとポイント評価と感想、よろしくお願いします!