1 魔法の使えない魔術師見習い
世界の始めに言葉があった。言葉は神であり、そして、言葉の中に魔法が宿った。
魔法。
それは、言葉を通して、この世に神の奇跡をもたらす技術だ。
この世界においては、古典古代の言語とならび、大昔から貴族の必須の教養となっている。
魔法が使えることこそが、上流階級の証なのだ。
1879年、科学と機械産業の発展の著しいこの大英帝国でも、それは変わらない。
そのため、貴族と郷紳ら特権階級の子どもたちは、みんな魔法を学ぶ。
12歳になると、九大魔法学校と呼ばれる学校で魔法を学ぶのが、エリートコースだ。
そして、俺もそんな魔法学校の一つ、クラレンドン校の生徒だった。
ところが、問題が二つある。
一つは、俺は貴族でなければ、あらゆる意味で上流階級の一員でもない。
エル・レストレードという俺の名前には、貴族感はまったくない。実際、俺の養父は帝都警視庁のしがない警部で、家には財産もほとんどない。
学費の高い魔法学校に通えているのは、奨学金のおかげだ。
ただ、それは致命的な問題じゃない。最近の魔法学校には、中流階級出身者も少なくないからだ。
だが、もう一つの問題は――。
「緊張してる?」
俺は朗らかな声で、隣の女子生徒に話しかけた。
小柄な彼女はちょこんとうなずく。
太陽が高い正午。俺たちは学校の時計台を前にしていた。
魔法学校は中等部三年、高等部三年の六年制である。その高等部に上がる直前、つまり15歳のときに、大事な試験がある。
中等魔法統一試験と呼ばれるそれは、魔法学校の主な学科である古典語と魔法のレベルを測る試験だ。
高等部でのクラス分けに影響するだけじゃなくて、将来の進路をも左右する大事な試験だ。
なにせ魔法と古典語を習得していることが、紳士淑女のたしなみなのだから、重要なのも当然である。
俺と、その隣の少女は、一緒にその結果を見に来たのだ。
少女の名は、セシリアという。
クラレンドン校の同級生だ。つまり、俺もセシリアも中等部の三年生。
美しい銀色の髪が肩までかかっていて、とてもちっちゃくて、そして上品な雰囲気の子だ。
大人しい性格のセシリアは、制服の黒いローブの裾をつまみながら、きょどきょどと周囲を見回している。
ただ、セシリアはとても優秀な魔術師見習いだった。
しかも、グレイ侯爵家の次女で、身分だってとても高い。
自信はないみたいだけれど、俺が見る限り、統一試験でもAランクの獲得は間違いないと思っていた。
統一試験には、上からS、その次がA、B……と下がっていき、Fまでのランクがある。そして、なるべく上のランクに選ばれたいとみんなが願っている。
いよいよ、結果が発表される。
時計台の前に人だかりができている。
茶色のローブを着た年配の教師が、時計台前の掲示板に大きな白い紙を貼る。
わっと歓声が湧いた。
同級生たちが殺到するなか、セシリアはあたふたとしている。
俺はセシリアの手をつかむ。
びっくりしたようにセシリアは、俺を見つめ、そして頬を赤くする。
「え、エルくん?」
「ほら、早く結果を見に行こう」
俺はセシリアの幼なじみだった。俺の実の父は、グレイ侯爵家の使用人の一人だったのだ。
もっとも、父が病死した後、俺は屋敷を離れた。だから、セシリアと再会したのはクラレンドン校に入学したときだった。
俺はセシリアの手を引き、人混みをかきわける。そして、ようやく貼り紙にたどり着く。
上から順に、つまりSランクの試験結果の生徒から名前が張り出されている。
「セシリア・グレイ」
Sランクの一人に、彼女の名前はあった。
俺とセシリアは顔を見合わせる。そして、セシリアはぱあっと顔を明るくした。
「わ、私、Sランクなんだ……。信じられない」
「全然、不思議じゃないけれどね」
俺は微笑んだ。セシリアは魔法の素質があるだけじゃなくて、言語も自在に操る。魔法・古典語の二科目からなる試験の結果が良いのは当然だった
さて、俺はといえば……。
俺は、エル・レストレードという名前を、順番に探していく。
しかし、いつまで経っても見つからない。
最後にようやく、Fランク、その一番下に、俺の名前があった。
そして、名前の横には「欠格者」と小さく書かれている。
そう。
俺は魔法学校の生徒でありながら、魔法が一切使えない落ちこぼれなのだ。
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