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94〜勇気の一歩〜

 それは烏合か集合か……



『…ひーほー「血眼号(チマナコごう)」発進…』


「……はぁぁぃ、行ってきます」


――CHIRIRINN――



 下を向き坂を登るのが何故か楽にも思えるのは、時の流れが早いのか遅いのか、自身の頭の回転が遅いのか早いのか……


 悩ましい事が透子の足を重くするのに、血眼号のペダルは軽やかにナグルトに向かい回っていたが、気持ちと同じく背中の荷は重く思えた。




「おはようございます」


 どんなに悩ましくても仕事となれば頭を切り替える。

 元気は無くても元気な挨拶。


 研修で頭に入れるべき情報は、ナグルトのシステム以外にも実入りを左右するのに関連した事由もあるかも知れない。

 化粧品や日用品も客の要り用に寄っては本家の商品よりも売れるかもしれない。

 事務手続きにも研修だけでは知り得ないナグルトレディに対する特典めいた事務処理的な事由が……


 そうして前のめりに取り組む研修はあっと言う間に終える。

 

 荷を背に事務確認していると、戻った大泉が明日の準備の殆どを終え声をかけて来た。

 小林の姿は無い。

 新人担当を代わって貰い、エリアも一部変更して貰っていた。


「お疲れ様です」

「行く?」

 

 大泉の食事のジェスチャーに肯き返す透子に、事務職員から透子の確認の話に頷きが返って来た。


「本当だったんだ……」

「何が?」


 何の確認かも分からずキョトンとしていた大泉に少し考えるが、言えない話と気付いた大泉が手を前に振り、いいの大丈夫! と応えを求めない事を伝えていた。

 事務の人も理解に会釈し、後日また改めて上と相談した上で! と伝えられた。


 そんな中……


 小林がニヤニヤした顔で近付いて来るのが見える。

 が、こちらが気付いたのと粗同時に目線を逸し顔つきを変えた。


 透子がスマートフォンを取り出し何かをチェックすると大泉が何かに気付いた。


「あれ? 不破ちゃんスマートフォン変えた?」

「あぁ、えぇ昨日帰りに落として壊しちゃって……」


 小林は話に聞き耳を立て、通り過ぎ際に再度目を向けると大泉に軽く会釈し鼻で笑うように去って行った。


 事務の人は職場の環境に配慮するのには慣れたものか、その様子に関わらない姿勢を取り書類を持ち、上でも下でも無く誰でも無い何処かを仰ぎ見て立っていた。


 これこそが【現代社会適応必須能力】スルースキルなるものかと感心する透子に、通り過ぎた災厄も知らないとばかりに一時停止していた映像かと思う程の停止状態から締めの文言が再生された。


「一応こちらでも気を付けますので、もしまた何か有ればスグにお知らせ下さい。では失礼します」


「はい」

 

 この事務的なやり取りに身近な顔が一瞬浮かぶが、その顔には注意された記憶の方が多く纏われると何とも言えず落ち着かない。

 浮かぶ記憶の顔を振り払うように大泉へ親指を横に、行こう! とジェスチャーを向けた。



――CHIRIRINN!!――




 大泉とは毎度となるスーパーに着くと、スマートフォンを確認する透子。

 少し安くなった弁当を食べる二人に先日の女の姿もあったが、女は何がしたいのか店の中を彷徨(うろつ)いていた。



 そんな客は多々見るし気にも留めなかったが、透子はある時から変わっている……

 以前、営業先で始めて知った万引きGメンの存在だが、店の中を彷徨くにも交代でせいぜい一日に二人から四人がいい処の仕事。

 当然、常連客もそれ等を常連客のようにしか思わない。


 だが、一度そのシステムを知ってしまうと勘の良い人には、それが客では無い事に気付いてしまうようになる。

 以降、透子も一時は気になっていたが、仕事疲れで次第に見て見ぬ振りで済むようになっていた。



 しかし、今目の前に居るそれ等は万引きGメンとは違うものの、買い物客でも無いその異様な珍客が数人。



 すれ違うと買い物カゴの中身を確認して来てお買い得商品を確認する主婦の嗅覚とも違う、または半額シールを待つ客とも違う……



 それ等の珍客の行動は常軌を逸していた。


 誰かを追跡している為か、買い物している振りは万引きGメンとも重なるが、買いもしない物を無作為にカゴへ投げ入れ、対象が店を出て行くと追うでも無く笑いカゴに入れた商品をそこかしこに乱暴に捨て置き消える。



 刺し身が菓子パン棚に、肉が日用品棚に、

生理用品が粉物棚にと、育ちが知れる素行の故だけとは思えない常識の無さに呆れるばかりの行動の数々。



 しかし、透子が気になっていたのは何よりも、その人数だった。



 大泉が弁当とは別の買い物をしているのを遠巻きに見ていた透子だが、大泉の行くコーナー通路にスマートフォンを確認しては移動する客が交代で向かってく、仲間に合図を送る者も居る。


 慣れた者と熟れた者、そして……

 手間取る者により、それに繋がる全ての者が判明する。


 こんなスパイごっこのままごと遊びに興じる老若男女の狂喜を間近に見て、阿呆らしさを感じるのが普通だろう。

 が、それに興じる者にはそれが組織の為、ひいては格好良いとさえ思うようになっている様だった。

 行く所まで行く。落ちる所まで墜ちる。集団で何かに興じると、世間的価値観も喪失するのだろうか……



 異質な珍客は時に一般客や従業員からしても、ただの営業妨害と感じるのだが……


 ともすれ数えて見れば十三人と、多過ぎる。

 昼下りのスーパーで、実に客の四割が珍客だった。


 思い込みだと考えたかったのは言うまでもない。


 しかし、イートインスペースに着くと、それ等が思い込みでは無い事を如実にして来る。

 当の大泉はまだ気付いていない。

 明るく話す大泉の元気の源を、汚しにかかる邪な連中が何も買わず何も食わずに囲むように席に着く。


 何気なく窓の外を見ると、置いた自転車に近付く珍客の二人の不穏な行動。



 それ等全てが何をしているのかまでは透子には解らないが、判っているのはそれ等は大泉を追跡する為の行動だという事。



 透子は椅子の背に掛けた荷を気にしながら昼を済ませ、大泉をある場所に誘っていた。


 


 衆の集収は収集か収拾か……


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