89〜狂想曲の強襲〜
生命の灯火
――JABABABABABAAA――
「くそぉ糞クッソオ! 臭っ!」
手を洗い山の闇夜の恐さから逃れようと自身のくだらない独り言に阿呆らしさを感じて天を仰ぐ藤真の目に、唐突に現れた理解を超える発光物体が襲う。
――PIKHAAAAAAAAAAHH――
そのとてつもない光の強さに開いた口が更に広がり叫びに息を吸い込んだ時、その光は麻友子を待つ透子をも包み込んでいた。
――TOUKO!TOUKO!TOUKO!――
暗闇の中に響く声にまたも光が射す、自分を呼ぶ声に目を開くと麻友子の顔があった。
「透子、あ、透子ちゃん!」
「麻友子ちゃん?」
麻友子の心配そうな顔に何が起きたか思い出しつつ立ち上がり、周囲を見回すが何も無い。
「透子ちゃん何があったの?」
「判んない」
透子の背中に着いた汚れを叩いて落とす麻友子が不安に何かを尋ねる。
「急に窓からライト当てるから、何かあったのかと思って出て来たら透子ちゃん倒れてるし……」
透子は窓にライトを当てた覚えはない。
何があったのかは判らないが、考える透子の目に遠く灯りが揺れていた。
麻友子の言う何かがソレかと指し尋ねる。
「アレ犯人?」
「え? あ、何アレ? あ、アレさっきの……」
判らない何かに反応する麻友子の声に、透子は自身の記憶も辿ろうと確認に足を出した。
「行ってみよ!」
「うん、大丈夫だよね?」
「判んない」
近付くにつれ揺らめく灯りが横たわる何かの陰影を照らしているのが見えて来た。
どう倒れたのか腹の上にランタンを乗せ大口を開けて横たわる藤真の姿に、緊張感を無くした二人の冷たい目線が向けられる。
――ZZZZZZZZZGHOOOOO――
寝息から無事は確認出来るだけに呼び掛けも虚しく思えたが、麻友子の優しさから起こしに声をかけていた。
「真、真、真……君」
「ん? 麻友子? うおっ!」
麻友子の隣に透子を見つけて驚く藤真の様子に、トイレの窓にライトを当てた犯人では無い事は確実だった。
そして、妙にスッキリとした青白い顔が物語る藤真のここに至る迄の行動は、透子に予想通りと確信させた。
犯人じゃないと解り、透子は辺りを見回すが通り過ぎる車のライトが道路からトイレの窓に当たる事は無いと判る。
それにより他の誰かが居ると知り、身構え力が入り腹が震える。スッキリした腹のせいもあるが身震いだ。
しかし、藤真はスッキリした腹と寝ていた時間が多かったのもあって山の夜風に震えていた。
「とりあえず戻ろ」
震える二人を見て麻友子が発した一言に、迷う事無く頷きテントへ戻る。
犯人の顔も目的も判らないままに子供三人で居るよりは大人と共にテントの中に居るべきなのは当然の選択だった。
「これ飲んで」
テントに戻ると待っていたのか野上が水と薬を用意していた。
胃腸薬の妙な味が口に残り水を大量に飲んでいると、野上が呟く声にハッとする。
「飲みすぎるとまたトイレ行きたくなるよ」
「あ、トイレ何か居るみたい」
「ふぅん……」
一応までに報告してスグに寝息をかいていた透子の寝顔に、あると思っていた話の続きを求めて起き上がり、覗き込む野上が不安な顔を浮かべていた。
「何かって……え?」
――ZZZ・ZZZZZ・ZZZ――
野上がテントを開けると少しヒンヤリとする空気に透子が目を覚ます。
朝日は木々に遮られ眩しさは無いが、朝に気付いた虫や鳥やが挨拶を交わしては本能のままに捕食を始め騒ぎ出していた。
自然で生きるのは詩に聴く話とは違い、狩りに注ぐ力強い鳴き声にメルヘンは感じられない。
「おはよう、寝れないなら起きた方が早いんじゃない?」
「うん、そうする……」
鳥の囀りとは、どれだけ心の広い人の例えなのか。
それとも都会の喧騒に餌付けした鳥の怠惰の囀りを聞く傲慢さ故に書けた話か……
目を閉じて眠ろうとするも寝られないままの時間が続いていた透子に、いつから気付いていたのか野上はテントの色が見え始めたと同時にトイレに向かい、戻ると歳の早起きに藤達と目覚めの珈琲で体を温め朝の英気を養っていた。
「あ、透子、トイレに何が居たの?」
「……ん?」
まだ眠りたい気持ちと離反出来無い寝ぼけ眼の透子に、野上の質問には色々と言いたい事があるようにも思えたが……
外から麻友子や藤真の声が聞こえてテントから顔を出したと同時に朝陽が木々を越えて透子の頬に当たった。
その眩しさと温もりに何かを思い出しかけるが、スグに麻友子が声をかけてきた。
「透子ちゃん、おはよう」
麻友子の明るい声に何かの記憶が混じる。
と、同時に起き上がった透子のお腹も本能を呼び聴かせた。
――GUUUUU――
「顔洗ったらホットケーキだって」
「見たい!」
はしゃぎ出て行く透子にタオルを渡し見送る野上の顔に何を思う所があるのか、頬の蚊にも吸血を許し考えていた。
「俺もう一枚!」
「焼いてみたい!」
「じゃあ、真の焼いてみるか!」
「うん!」
「うぇ? 何でだよ!」
朝から争う二人の喧騒に腹を満たした鳥の囀りが負け出す頃、虫が幅を利かせてやって来た。
ホットケーキのバニラに蜂蜜にと甘い香りが更に虫を引き寄せる。
藤が皆にかけたスリーベリーのジャムは大きな蜂を引き寄せていた。
「ぃゃぁぁぁぁぁあああ!」
麻友子の悲鳴に主婦も男達も、動くな焦るなと落ち着きを求めるだけで手を出せずに、藤真も隣で何かをしようと考えるが思いつかずにいると、突然首根っこを掴まれ倒された。
「ぐぇっ!」
その風に反応したのか、蜂が麻友子の肩から少し浮いた瞬間だった。
――KOBUTYOKATUNN!――
「え?」
ジャムの瓶で蜂を捕らえていた。
スリーベリージャムに埋もれた蜂が何が起きたか解らずに餌まみれになっているのを、何をしたのかと注視する主婦に男達にと、眼の前の光景に呆気にとられる麻友子と……
何故に倒されているのかも解らずに眼の前に立ちはだかる透子の後ろ姿に……
「あ、ジャムが……」
自分の所行に後悔を見せる透子が蓋を回して瓶を閉めていた。
「お、おぉ」
――PATIPATIPATIPATI――
「ありがとう、透子ちゃん」
「うん、でもジャムが……」
驚愕と呆気に皆の拍手と笑いが響く中、藤真は透子を問い詰めようと立ち上がり、肩を掴むと透子が瓶詰めされた蜂を渡した。
「うぉっ!」
灯台下暗し




