88〜狂想曲の強襲〜
生命の重み
――KYURURUGORORORO!――
星明かりに酔いどれた大人達の長話も酒に流され、肴も無くなり皆が眠りに就いて暫くした頃、腹を抱え千鳥足でトイレに向かう姿が二つ……別々に。
――GORORORO――
「ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ……ぉぅ」
――PYURURURURU――
「ぬはぁぁぁぁ……ぅぅぅ」
苦痛に堪え、嗚咽を漏らし、異臭を漂わせ、周囲の獣にも異様な警戒感を齎していた。
……五時間前。
パスタにグラタンにサラダにと散々食べた後に待っていたのは藤真と麻友子が釣って来た鮎の塩焼き。
子供の教育に生き物の命の尊さを教えなくてはならないというのに、満腹になった主婦の胃が人の業の深さを思い知らしめる例えになってしまうのを避けようと、必死に食べていたが次々と根を上げる。
「もう無理……」
まだ鮎に届かずサラダで箸が止まる主婦の悲痛も知らずに、鮎を焼いていた藤が声を上げる。
「魚焼けたぞお!」
パスタの後、熱くて食べられないグラタンを諦めた子供達が、藤の呼び掛けにはしゃぎ向かう。
「俺が釣った奴は?」
「今度は透子ちゃんも一緒に釣ろうね」
「うん、主を釣る」
藤が鮎の塩焼きの食べ方を子供に見せようとするが、渡されてスグに透子が頭からかぶり付く。
その豪快さに麻友子と藤真が見入っているのを見た藤が、透子に続けと促すと、麻友子が透子を見つつ恐る恐る見様見真似でかぶり付き普段食べた事の無い頭の味に顔をしかめるが隣の透子の勢いについていく。
ボリボリと食べ進める女の子に負けじと藤真もかぶり付いたが、何とも言えない頭の味に騙された感が襲い顔にも出ていた。
「う、おまえら良くこんなの……」
麻友子が楽しそうに透子と同じ事をしようとする姿に小さな嫉妬心が藤真の中に生まれたのを感じたが、こんな心は育てるものかと頭にかぶり付き、麻友子の前に立つのは俺だ!
と、ライバル心に変えて透子を追い越そうと骨が上顎に刺さるのも我慢し喰らい付く……
いつの間にか早食い競争になっていた。
しかし、当然のように早々に食べ終えた透子が綺麗になった背骨を火の中に焚べ手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「綺麗に食うなぁ、透子ちゃん」
その命の尊さを理解する者の行動に、藤真は手に持つ汚く食べ残る骨に付いた身を見て自身の未熟さに気付かされ、麻友子に見せるのはこれじゃないと理解し丁寧に食べ直していた。
「良ければ私達のも食べていいわよ」
それは満腹になった胃袋からの悲鳴に手を出せずに参っていた主婦達を代表するように助け舟にと二瓶の奥さんが子供に声をかけると、少し考える透子が魚を焼く燻ぶる火種を見つめていた。
「無理はするな」
藤がかけた声を掻き消す様に藤真が食べ終えた骨を自慢気に持ち叫ぶ
「俺もう一個ぉお!」
そう言って火に焚べた骨が薪を煽り透子の顔を熱く照らす。
脇を抜け魚を取ろうと手を出す藤真に透子の何かに火が灯った。
――PATIPAKIPATIPAKI――
「……負けない」
小さく呟いた透子の声に、何を聴いたのかと藤真が振り返ると憤然として魚に手を伸ばす透子の顔が近付いた。
「うおっ!」
トラウマのように反射的に避けた藤真が、透子のソレが自分では無く魚に向けられていた事が、思い上がりの自意識過剰の様に感じた悔しさに魚に手を伸ばしていた。
麻友子が二人が競うのを楽しそうに見ている事にも気付かずに……
――KYURURUGORORORO!――
そして今、暴食に夜中に腹を下した二人を知らず、麻友子が山の暗闇に虫や獣やの鳴き声に恐る恐るトイレに向かっていた。
――PYURORORO――
「むふぅぅぅ……」
――GORORORO――
「ふ・ぉ・ぉ・ぉ……ぉぅ」
暗がりに嗚り響くその異様な雰囲気を山の獣と捉えて受けた麻友子が恐怖に慄く。
勿論聞いた事の無い獣の正体は、どんな獣か想像も追いつかない。
「な、何?」
手に持つランタンの灯りがLEDのお陰で揺らめかないだけマシだったが、明るさは低く照射範囲は狭い。
周囲を見回すが星明かりに見える物は無かった。
ふと見えた揺らめく灯りがトイレと気付く。
それが藤真の持つオイルランタンの灯りとは知る筈も無く。
――PYURURURURU――
「ぐふぉぉぉ……ぅぅぅ」
腹の底から響く声と音に、怯える麻友子が動けなくなり立ち尽くす事十分程か、スッカリ青ざめ冷たくひと汗かいた透子が麻友子を見付けた。
近付く灯りに麻友子が目を覚ます。
「ひっ!?」
しかし透子の持つ懐中電灯タイプのライトに人だと気付く。
安堵する麻友子が尿意を思い出し慌ててライトに近付くと、手を挙げる陰影に透子と判り喜び話も後にトイレの場所まで案内を頼んでいた。
「あ、うん……」
返事に下を向き、決して夜道の足元を気にした訳では無く、自身の便臭を気にしつつ……
――GORORORO――
「むふぉぉぅ……く・ぐ・ぅぐ・んごっ!」
怯えて透子の腕に抱きつく麻友子が尋ねるその音の正体に、何となく理解した透子は藤真を気遣ってか自身への反らしか、敢えて惚けて嘘を考えるが普段吐かない嘘は咄嗟にも出ない。
「あぁ、うぅん、何だろう?」
「透子ちゃんでも解んないの?」
「え、ああ、家に帰ったらネットで……」
「そか、そおだね」
ネットと言う響きに現実世界が山の闇夜を切り裂いていた。
しかし、恐さを忘れていた訳では無いようで透子にトイレの前で待つように留め置きをお願いして行った。
入り鼻の一言に後ろめたい気持ちが透子を襲う。
「やっぱりこういう所のトイレは臭いよね」
「う、うん色々我慢してたから判んないや」
「そおだね私も我慢する。じゃ、待っててね」
「うん、ごめんね」
「ん?」
振り返る麻友子に見られまいと透子は惚け顔に夜空に広がる星を見つめ、どれがどれだかも知らない星座を考え頭で勝手に線をひいていた。
「……葉っぱ座?」
転化する体重




